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楊貴妃(ようきひ)

【分類】三番目物 (鬘物)

【作者】金春禅竹  

【登場人物】 

登 場 人 物 装  束

シテ

楊貴妃 小面

襟(白二)、箔、紅大口、唐織、鬘、鬘帯、中啓、腰帯

〔物着〕天冠

ワキ 方士 厚板、白大口、側次、腰帯、中啓
間狂言 在所の者 段熨斗目、長袴、小サ刀、扇

 

【分類】三番目物 (鬘物)

【作者】金春禅竹

【主人公】シテ:楊貴妃の霊

【あらすじ】 (仕舞の部分は下線部です。) 

安禄山の乱の時(756年)、馬嵬が原〔ばかいがはら〕で殺された楊貴妃のことを忘れかねた唐の玄宗皇帝は、神仙の術を会得した方士に命じて、彼女の魂魄のありかを尋ねさせます。方士は天上から黄泉まで探しますが見当たらず、最後に常世の国の蓬莱宮へとやって来ます。そして所の者に尋ねると、太真殿という御殿に玉妃という人がいるというので、その建物を見つけ、様子をうかがいます。すると中から、昔を偲ぶ詠嘆の声がもれて来ます。そこで方士が、唐の天子の使者だと名乗ると、貴妃は驚いて帳を押し除け、簾をかかげて、姿を見せます。方士が使いの趣を述べると、貴妃は皇帝との昔を懐しみ、憂いに沈みます。方士は、貴妃の見つかった事を急ぎ帰って報告するので、会った証に形見の品を請います。貴妃は髪にさしていた玉の釵〔かんざし〕を渡しますが、方士は、このような珍しからぬ品よりも、帝とひそかに契られたお言葉があれば、それを聞かせてほしいといいます。貴妃は、七夕の夜、天にあらば比翼の鳥、地にあらば連理の枝と、その愛の永遠を誓ったことを打ち明けます。そして、その誓いも空しく、私ばかりが遠くへ来てしまったが、できれば未来でお目にかかりたいと伝えてほしいといいます。さらに自分はもとは上界の仙女であった身の上について語り、舞を舞って見せ、形見の品を持って帰る方士を一人寂しく見送ります。

【詞章】(仕舞の部分は下線部です。)

(次第)

ワキ「わがまだ知らぬ東雲の。わがまだ知らぬ東雲の。道をいずくとさだめん。(地取り)

これは唐の玄宗皇帝に仕え奉る方士にて候。さてもわが君政ただしくまします中にも。また色を重くし艶を専らとし給うにより。容色無双の美人を得たもう。御寵愛ならびなし。すなわち貴妃に定めらる。楊家の御娘たるが故に。その名を楊貴妃と号す。しかれどもさる事ありて馬嵬が原にて失い奉りて候。君御歎き限りなし。せめての事に魂魄のありかを尋ねて参れとの宣旨を蒙り。上碧落下黄泉まで尋ね奉れども。さらに魂魄のありかを知らず候。未だ蓬莱宮に至らず候ほどに。急ぎかの島にわたり。御ゆくえを尋ねばやと存じ候。

(道行)

ワキ「尋ねゆく。まぼろしもがな.つてにても。まぼろしもがなつてにても。魂のありかはそことしも。波路をわけてゆく船の.ほのかに見えし.島山の。草の仮寝の枕ゆう。とこ世の国に着きにけり。とこ世の国に着きにけり。

ワキ、着セリフの後、所の者(狂言)と問答〕

(サシコエ)

ワキ「ありし教えに随ってこの蓬莱宮に来て見れば。宮殿盤々としてさらに辺際もなく。荘厳巍々としてさながら七宝をちりばめたり。漢宮万里のよそおい。長生驪山の有様も。これには更になぞらうべからず。あら美しの所やな。教えの如くこれに太真殿とうちたる額の候。しばらくこのあたりを徘徊し。事のよしをも窺わばやと存じ候。

シテ「あらものすごの。宮中やな。あらものすごの.宮中やな。昔は驪山の春の園に。ともに眺めし花の色。移れば変る世の中とて。今は蓬莱の秋の洞に。ひとり眺むる月影も。ぬるる顔なる袂かな。あら恋しのいにしえやな。

ワキ「いかにこの宮のうちに申すべき事の候。唐の天子の勅の使。方士これまで参りたり。玉妃は内にましますか。

シテ「なに唐帝の使とは。なにしにこれまで来れるぞとて。九花の帳をおしのけて。玉の簾をかかげつつ。

ワキ「立ちいで給う御姿を見れば。

シテ「雲のびんずら。

ワキ「花の顔ばせ。

シテ、ワキ「寂寞たる御まなこのうちに。涙を浮かめさせ給えば。

地謡「梨花一枝雨をおびたる.よそおいの。雨をおびたる粧の。太液の芙蓉のくれない。未央の柳の緑もこれにはいかでまさるべき。げにや六宮の粉黛の.顔色のなきも理や.顔色のなきもことわりや。

ワキ「勅諚のおもむき真直に申し上げばやと存じ候。さても后宮世にましましし時だにも。朝政は怠り給いぬ。いわんやかくならせ給いて後は。ただひたすらの御歎きに。御命もあやうく見えさせ給いて候。せめてのことに御ゆくえを尋ねてまいれとの宣旨を蒙り。これまでまいり。御姿をおがみ奉ること。ただこれ君の御志。あさからざりし故と思えば。いよいよ御いたわしうこそ候え。シテ「げにげに汝が申す如く。今は甲斐なき身の露の。数にもあらぬ玉のありかを。かように尋ね給うこと。御情には似たれども。訪うにつらさのまさり草。かれがれならばなかなかの。便りの風は恨めしや。まった今さらの恋慕の涙。旧里を思う魂をけす。

ワキ「さてしもあるべきことならねば。急ぎ帰りて奏聞せんさりながら。

御かたみの物をたび給え。

シテ「これこそありし形見よとて。玉のかんざしとりいでて。方士に与えたびければ。

ワキ「いやとよこれは世の中に。たぐいあるべき物なれば。いかでか信じ給うべき。御身と君と人知れず。契り給いし言の葉あらば。それをしるしに申すべし。

シテ「げにげにこれは理りなり。思いぞいづるわれもまた。その初秋の七日の夜。二星に誓いし言の葉にも。

地謡「天にあらば願わくは。比翼の鳥とならん。地にあらば願わくは。連理の枝とならんと。誓いし事を。ひそかに伝えよや。ささめごとなれども。今洩れそむる.涙かな。され共.世の中の。され共世の中の。流転生死のならいとて。その身は馬嵬にとどまり.魂は。仙宮に至りつつ。比翼も友を恋い。ひとりつばさをかたしき。連理も枝くちて。忽ち色を変ずとも。同じ心のゆくえならば。ついの逢せたのむぞと語り.給えや。

(ロンギ)

ワキ「さらばと言いて.いで船の。ともない申し帰るさと。思わば嬉しさの.なおいかならんその心。

シテ「われはまたなになかなかに三重の帯。めぐり逢わんも知らぬ身に。よしさらばしばし待て。ありし夜遊をなすべし。

地謡「げにや驪山の宮のうち。月の夜遊の羽衣の曲。

シテ「そのかざしにて舞いしとて。

地謡「またとりかざし。

シテ「さす袖の。

(次第)

地謡「そよや霓裳羽衣の曲。そよや霓裳羽衣の曲.そぞろにぬるる袂かな。(地取り)

〔物着〕

シテ「なにごとも。夢まぼろしのたはむれや。

地謡「あわれ胡蝶の。舞ならん。

<イロエ>

(クリ)

地謡「それ過去遠々の昔を思えば。いつを受生の始と知らず。未来永々の流転さらに生死の果てもなし。

(サシコエ)

シテ「しかるに二十五有のうち。いずれか生者必滅の理りにもれん。

地謡「まず天上の五衰より。須弥の四州のさまざまに。北州の千年.ついにつきぬ。

シテ「いわんや老少不定の境。

地謡「歎きのなかの。歎きとかや。

(クセ)

地謡「われもそのかみは。上界の諸仙たるが。往昔の因ありて。かりに人界に生れきて。楊家の深窓にやしなわれ。いまだ知る人なかりしに。君きこしめされつつ。急ぎめしいだし。后宮に定めおき給い。偕老同穴の語らいも.縁つきぬればいたずらに。またこの島にただひとり。帰りきたりてすむ水の。あわれはかなき身の露の。たまさかにあい見たり。しずかに語れ憂き昔。

シテ「さるにても。思い出れば恨みある。

地謡「その文月の七日の夜。君とかわせし睦言の.比翼連理の言の葉も.かれがれになる私語の。笹の一よの契りだに。なごりを思う習いなるに。ましてや年月。なれてほどふる世の中に。さらぬ別れのなかりせば。千代も人にはそいてまし。よしそれとてものがれえぬ。会者定離ぞと聞く時は.逢うこそ別れ.なりけれ。羽衣の曲。

<序ノ舞>

シテ「羽衣の曲。まれにぞ返す。乙女子が。

地謡「そでうちふれる。心しるしや。心しるしや。

シテ「恋しき昔の。物語り。

地謡「こいしき昔の。物語り。つくさば月日も。移り舞の。しるしのかんざし。また賜りて。いとま申して。さらばとて。ちょく使は都に。帰りければ。

シテ「さるにてもさるにても。

地謡「君にはこの世。あい見んことも。よもぎが島つ鳥。うき世なれども。恋しや昔。はかなや別れの。とこよの台に。ふし沈みてぞ。とどまりける。

 

 

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