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経政(つねまさ)
【分類】二番目物 (修羅物)
【作者】不詳
【主人公】シテ:平経政の霊
【あらすじ】(仕舞〔クセ〕の部分は上線部、仕舞〔キリ〕の部分は下線部です。舞囃子の部分は斜体の部分です。)
京都の仁和寺、御室御所〔おむろごしょ〕の守覚〔しゅがく〕法親王は、琵琶の名手である平経政を少年の頃から寵愛されていました。ところが、このたびの一ノ谷での源平の合戦において、経政が討ち死にしたので、生前、彼にお預けになったこともあった「青山〔せいざん〕」という銘のある琵琶の名器を仏前に供え、管絃講〔かげんこう〕を催して回向するように行慶〔ぎょうけい〕僧都に仰せつけになります。行慶は、管絃を奏する人々を集めて法事を行います。すると、その夜更けになって、経政の亡霊が幻のように現れ、御弔いのありがたさに、ここまで参ったのであると僧都に声をかけます。そして、手向けられた琵琶を懐かしく弾き、夜遊の舞を舞って興じます。しかし、それもつかの間、やがて修羅道の苦しみに襲われ、憤怒の思いに戦う自分の姿を恥じ、灯火を吹き消して闇の中に消え失せます。
【詞章】(
さればかの.経政は。さればかの経政は。いまだ若年の昔より。外には仁義礼智信の。五常を守りつつ。内にはまた.花鳥風月.詩歌管弦をもっぱらとし。春秋を松が根の.草の霧水のあわれ世の.心にもるる花もなし.心にもるる花もなし。すでにこの夜も夜半楽。声澄みわたる糸竹の。手向の琵琶を調ぶれば。ふしぎやな晴れつる空かき曇り。にわかに降りくる雨の音。しきりに草木を払いつつ。時の調子もいかならん。いや雨にてはなかりけり。あれ御覧ぜよ.雲の端の月に並の岡の松の。葉風は吹き落ちて。村雨のごとくに音ずれたり。面白やおりからなりけり。大絃はそうそうとして。村雨のごとしさて。小絃はせっせっとして.ささめ言に異ならず。第一第二の絃は。さくさくとして秋の風。松を払って疎韻に落つ。第三第四の絃は。れいれいとして夜の鶴の。子を思って篭の内に鳴く。鶏も心して。夜遊の別れとどめよ。一声の鳳管は。秋秦嶺の雲を動かせば。鳳凰もこれにめでて。桐竹に飛びくだりて。翼を連らねて舞い遊べば。律呂の声声に。心声に発す。声文をなす事も。昔を返す舞の袖。衣笠山も近かりき。面白の夜遊や。あら面白の.夜遊や。あら名残惜しの。夜遊や。
<カケリ>
あら名残惜しの夜遊やな。たまたま閻浮の夜遊に帰り。心をのぶるところに。修羅道の苦しみご覧ぜよ。また修羅の嗔恚が。おこるぞとよ恨めしや。さきに見えつる人影の。なお現わるるは経政か。あら恥かしや嗔恚の有様。はや人々に見えけるか。あの灯火を消し給えとよ。灯火を背けては。灯火を背けては。ともに憐れむ深夜の月をも。手に取るや帝釈修羅の。戦いは火を散して。嗔恚の矢先は雨となって。身にかかれば払う剣は。他を悩し我と身を切る。紅波はかえって猛火となれば。身を焼く苦患恥かしや。人には見えじものを。あの灯火を消さんとて。その身は愚人.夏の虫の。火を消さんと飛び入りて。嵐とともに灯火を。嵐とともに。灯火を吹き消して。くらまぎれより。魄霊は失せにけり。魄霊の形は失せにけり。