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唐船(とうせん)

【分類】四番目物(雑能)

【作者】外山又五郎吉広

登場人物】 

登 場 人 物 装  束

シテ

祖慶官人

三光尉

襟(浅葱)、小格子厚板、水衣(肩上)、腰帯(緞子)、扇(墨絵)、唐団扇

子方

唐子(二人)

厚板、側次、大口、腰帯、扇(白骨)

子方

日本子(二人)

箔、長袴、扇

ワキ

箱崎の某

厚板、直垂上下、込大口、梨打烏帽子、白鉢巻、小サ刀、扇(白骨)

【あらすじ】(連吟の部分は下線部です。)

唐土(中国)の明州の津に住んでいた祖慶官人という者が、ある年、唐土と日本との間に争いがあったときに、捕らえられて日本に留められます。そして、箱崎の某に使用人となり、牛飼いをして過ごすうちに2人の子をもうけ、気がつくと13年が経っていました。祖慶は、その年月のことを何くれとなく思いつつ、今日も2人の子と共に野飼いに出かけます。一方、唐土に残された2人の子は父の生きていることを知り、宝を父に換えて帰国しようと船に宝を積んで箱崎にやってきます。そのことを知らされた祖慶は、夢かと喜び、箱崎の某の許しを得て帰国しようとしますが、日本でもうけた2人の子が一緒に連れて行ってほしいと泣き悲しみます。それに対し、唐土の2人の子は早く帰国しようと迫るので、板ばさみになった祖慶は「身は一つ、心は二つ」と海に身を投げて死んでしまおうとします。その親の心の哀れさに打たれ、箱崎の某は、祖慶が日本の2人の子を連れて帰国することを許します。親子は喜び、楽を奏して、出船に乗り、唐土をめざしていきます。

【詞章】(連吟の部分は下線部です。)

ワキ「これは九州箱崎の何某にて候。さてもひと年唐土と日本の船の争いあって。唐土の船をば日本にとどめ。日本の船をば唐土にとめて候。某も一艘とめ置きて候が。その中に祖慶官人と申す者を止め奪い取って候。某は牛馬をあまた持ちて候ふほどに。かの官人に申しつけ野飼いをせさせて候。今日も申しつけばやと存じ候。
ワキ「いかに誰かある。
太刀持「おん前に候。
ワキ「祖慶官人にいつものごとく牛馬をひき。野飼いにいでよと申し候え。
太刀持「畏って候。いつものごとく牛馬を追い野飼いにいで候えや。
(唐子)ソンシ、ソイウ「唐土船の楫枕。夢路ほどなき。名残かな。これは唐土明州の津に。そんしそいうと申す兄弟の者なり。さてもわが父官人は。ひと年日本の賊船にとらわれ。きのうきょうとは思えども。十三回にはやなりぬ。あまりに父の恋しさに。いまだこの世にましまさば。今一度対面申さんと。思い立つ日を吉日と.船のとも綱.ときはじめ。明州河を.おし渡り。明州河を.おし渡り。海まんまんと分け行けば。はや日の本もほの見えて。心づくしの果にある。忍びし妻を.松浦潟。波路はるかに行くほどに。名にのみ聞きし筑紫路や.箱崎に早く着きにけり.箱崎に早く.着きにけり。
ソンシ「急ぎ候ほどに箱崎の地に着きて候。この所にて父のおん行くえを尋にょうずるにて候。いかに誰かある。
舟子「おん前に候。
ソンシ「この所にて父のおん行くえを尋ねて来たり候え。
舟子「畏って候。
舟子「いかに申しあげ候。その由申して候えば。こうこう御通りあれとの御事にて候。
ワキ「ソンシソイウとは方方のことにて候か。さてただ今は何のために渡りて候ぞ。
ソンシ「父官人いまだ存生の由承り及びて候ほどに。数の宝にかえ伴い帰国すべきため。これまで参りて候。官人にひき合わせてたまわり候え。
ワキ「さてはそのために渡りて候な。官人をば某が預り申して候が。今朝より仏詣をて出でられて候。ほどのうおん帰り候べし。それに暫くおん待ち候え。やがてひき合わせ申そうずるにて候。
ソンシ「心得申して候。
ワキ「いかに誰かある。
太刀持「おん前に候。
ワキ「官人に牛馬を飼わせ候よし兄弟に知らせ候な。
太刀持「心得申して候。やあやあ祖慶官人。今日は子細にある間。裏道より御帰り候えや。
シテ「いかにあれなる童ども。野飼いの牛を集めつつ。はやはや家路に急ぐべし。
日本子(二人)「かかる業こそもの憂けれ。
シテ「よしわれのみか.天の原。
シテ、日本子(二人)「たなばたの。たとえにも似ぬ身のわざの。牛牽く星の。名ぞしるき。
シテ「秋咲く花の野飼いこそ。
シテ、日本子(二人)「老のこころの。慰めなれ。
シテ「これは唐土明州の津に。祖慶官人と申す者なり。われ計らざるに日本に捕らわれ。牛馬をあつかい草刈り笛の。高麗唐土をば名にのみ聞きて過ぎし身の。あら故郷恋しや。かくて年月を送るほどに二人の子を持つ。また唐土にも二人の子あり。かれらがことを思う時は。それも恋しくまったこれもいとおしし。ひとかたならぬ箱崎の。二人の子どもなかりせば。
地謡「老い木の松は雪折れて.この身の果は.いかならん。あれを見よ野飼いの牛の.声声に。野飼いの牛の.声声に。子故にものや思うらん。いわんや人倫においておや。わが身ながらも.おろかなり.わが身ながらも.おろかなり。
いざや家路に帰らん.いざや家路に帰らん。
〔ロンギ〕

日本子(二人)「いかに父御よ聞こしめせ。さて住みたもう唐土に。牛馬をば飼うやらん.おん物語り候え。
シテ「なかなかなれや唐土の。花山には馬を放ち。桃林に牛をつなぐ.これ花の名所なり。
日本子(二人)「さて唐土と日の本は。いずれ勝りの国やらん詳しく語りたまえや。
シテ「愚かなりとよ唐土に。日の本をたとうれば。ただ今尉がひいて行く。九牛が一毛よ。
日本子(二人)「さほど楽しむ国ならば。痛わしやさこそげに恋しくおぼしめすらめ。
シテ「いやとよ方方を。もうけて後は唐衣。帰国のことも思わずと。
地謡「語り慰み行くほどに。嵐の音の少なきは.松原や末になりぬらん.箱崎にはやく着きにけり.箱崎にはやく.着きにけり。
ワキ「いかに祖慶官人。なにとて遅く帰りてあるぞ。
シテ「さん候あまりに多き牛馬にて候えば。われら親子して谷谷峰峰追い廻り候ほどに。さて遅く帰りて候。
ワキ「げにげにこれは尤もにて候。また官人に尋ぬべきことあり。まっすぐに申すべきか。
シテ「これは今めかしき事を仰せ候うものかな。なに事にてもまっすぐ申そうずるにて候。
ワキ「さておことは唐土に兄弟の子を持ちてあるか。
シテ「これは思いもよらぬ事をおん尋ね候ものかな。まことは二人の子を持ちて候。
ワキ「さてその名をそんしそいうと申すか。
シテ「あらふしぎや。さて名まで何とてご存じにて候ぞ。そんしそいうと申し候。
ワキ「さるほどにかのそんしそいう。おことのいま存生の由を聞き。数の宝にかえ官人を連れて帰国すべきとて。ただ今当浦に船をば寄せて候。なんぼうめでたき事にて候ぞ。
シテ「これは思いもよらぬ事を仰せ候ものかな。さてその船はいずくにござ候ぞ。
ワキ「さらばこなたへ来たり候え。船を見しょうずるにて候。あの沖にかかりたる船にて候。
シテ「げにこれは疑いもなき唐土に残し置きたる船にて候。
ワキ「さらば急ぎ兄弟の者に対面つかまつり候え。
シテ「いやこの体にては子ながらも余りに恥ずかしく候ほどに。対面は思いもよらず候。
ワキ「いやいや苦しからぬこと。急いで対面候え。
シテ「さらばひき繕うてたまわり候え。
〔物着〕
シテ「いかにあれなるは唐土に残しおきたる兄弟の者か。
ソンシ、ソイウ「さん候童われらはそんしそいうなり。
シテ「これはそも夢か夢ならば。
ソンシ、ソイウ「所は箱崎。
シテ「明けやせん。
地謡「春宵一刻その値。千金も何ならず.子ほどの宝よもあらじ。唐土は心なき。夷の国と聞きつるに。かほどの孝子ありけるよと。日本人も随喜せり。とうとや箱崎の神も納受.したもうか。
舟子「いかに申し候。いちだんの追風がおりて候。急ぎお船に召され候え。
ソンシ「いかに申し候。追風がおりて候。急ぎお船に召され候え。
シテ「さらばやがて乗ろうずるにて候。
日本子「あら悲しやわれをも連れておん入り候え。
シテ「げにげに出船の習い。汝らがことをはったと忘れて候。急ぎ船に乗り候え。
ワキ「暫く。汝らことはこの所にて生れ訴訟の者なり。いつまでも某が召し使うずるぞ。こなたへ来たり候え。
日本子(二人)「あら情なのおん事や。大和なでしこの花だにも。同じ種とて唐土の。唐紅に咲く物を。薄くも濃くも花は花。情なくこそ候えとよ。
ワキ「とかくの問答無益なり。ことさら出船の門出なれば。叶うまじいにてあるぞよと。
ソンシ、ソイウ「時刻うつりて叫うまじ。急ぎお船に召されよと。はやとも綱をとくとくと。
シテ「呼ぶ子もあれば。
日本子(二人)「とリ止むる。
シテ「中に留まる.父ひとり。
地謡「たつぎも知らず泣きいたり。身もがな二つ箱崎の.うらめしの心づくしや。たとえば親の子を思うこと。人倫に限らず。焼け野の雉子夜の鶴。梁の燕も。みな子ゆえにぞ.もの思え。

〔クセ〕

シテ「いわんやわれはさなきだに。明日をも知らぬ老の身の。子ゆえに捨てん命は何なかなかに惜しからじと。
シテ(上羽)「今は思えばとにかくに。
地謡「船にも乗るまじ留まるまじと。巌にあがりて十念しすでに憂き身を投げんとす。唐土や日の本の。子どもは左右にとり付きて。これをいかにと悲しめば。さすが心もよわよわとなりぬることぞ.悲しき。

ワキ「よくよくものを案ずるに。物の哀れを知らざるは。ただ木石に異らず。かくてかれらを留めおきて。親の思いをいかにせん。はやはや子供をとらすなり。

シテ「あまりのことのふしぎさに。さらに真と思われず。

ワキ「こはそも何の疑いぞや。当社八幡もご知見あれ。偽りさらにあるべからず。

シテ「これは真か。

ワキ「なかなかに。

地謡「ありがたのおん事や。真に諸天納受して。この子をわれらに。与えたもうかありがたや。かくてあまりの嬉しさに。時刻をうつさず。暇申して唐人は。船にとり乗りおし出だす。

シテ「喜びのあまりにや。

地謡「楽を奏し舟子ども。棹のさす手も舞の袖。おりから波の鼓の。舞楽につれて。おもしろや。

<楽>

地謡「陸には舞楽に乗じつつ。陸には舞楽に乗じつつ。名残おしてる海面遠く。なりゆくままに。招くも追風.船には舞の。袖の羽風も追風とやならん。帆を引きつれて。舟子ども。帆を引きつれて。舟子どもは。悦び勇みて。唐土さしてぞ.急ぎける。

 

 

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