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巴(ともえ)

【分類】二番目物(修羅物)

【作者】不詳

【登場人物】 

登 場 人 物 装  束

前シテ

里女

小面

襟(白、赤)。鬘。鬘帯。着附、箔。唐織。女扇。

後シテ

巴御前

増女

梨烏帽子。白鉢巻。鬘。鬘帯。着附、箔。唐織。色大口。腰帯。太刀。長刀。

(物着にて)小袖。小太刀。笠。

ワキ

旅僧 

着流僧。

脇ヅレ

旅僧二人

着流僧。

間狂言

里人

狂言上下。

 

 【あらすじ】

木曽の山奥の僧が、都へ上る途中、近江国(滋賀県)粟津の原までやって来ます。そこへ一人の里女が現れ、とある松の木陰の社に参拝しながら涙を流しています。不審に思った僧が言葉をかけると、女は行教和尚も宇佐八幡へ詣でられたときに「何事のおわしますとは知らねども。忝さに涙こぼるる」と詠まれており、神社の前で涙を流すことは不思議ではないと言います。そして、ここはあなたと故郷を同じくする木曽義仲が神として祀られているところであるから、その霊を慰めてほしいと頼みます。そして、実は自分も亡者であると言い残して、夕暮れの草陰に隠れてしまいます。

 <中入>

旅僧は、里の男から義仲の最期と巴御前のことを詳しく聞き、同じ国の縁と思い、一夜をここで明かして読経し、亡き人の跡を弔います。すると先刻の女が、長刀を持ち甲冑姿で現れ、自分は巴という女武者であると名乗ります。そして、義仲の討死の様と、そのときの自分の奮戦ぶりを物語ります。しかし、義仲の遺言によって一緒に死ぬことを許されず、形見の品を持って一人落ちのびたが、心残りが成仏の妨げになっているので、その執心を晴らしてほしいと回向を願って消え失せます。

 【詞章】

ワキ(次第)「ゆけばみ山も朝もよい。ゆけばみ山も朝もよい。木曽路の旅に出でうよ。

ワキ(詞)「これは木曽の山家よりいでたる僧にて候。われいまだ都をみず候ほどに。このたび思い立ち都へ上り候。

ワキ(道行)「旅ごろも。木曽のみさかを.はるばると。木曽のみさかを遥々と。思い立つ日もみのおわり定めぬ宿の.暮れごとに。夜を重ねつつ日をそえて。ゆけばほどなく近江路や.鳰〔にお〕の海とはこれかとよ.鳰の海とはこれかとよ。急ぎ候ほどに江州〔ごおしう〕粟津の原とやらんに着きて候。暫く休まばやと思い候。

シテ「面白や鳰の浦波しずかなる。粟津の原の松陰に。神をいわうやまつりごと。げに神感も.たのもしや。今日は粟津が原の御神事〔ごじんじ〕にて候ほどに。巫どもも参らばやと思い候。あら有難や昔の事の.思い出でられて候。

ワキ「ふしぎやなこれなる女性〔にょしょう〕を見れば。神に参り涙を流し給う。ふしんにこそ候らえ。

シテ「御僧はみずからが事を仰せ候か。

ワキ「さん候神に参り涙を流し給うはふしんにて候。

シテ「げにげに仰せはさる事なれども。傳え聞く行教和尚は。宇佐八幡に詣で給い。一首の歌にいわく。何事のおわしますとは知らねども。忝けなさに涙こぼるゝと。か様に詠じ給いしかば。神もあわれとや思し召されけん。御衣の袂にみ影をうつし。それより都男山に誓いをしめし給い。國土安全〔こくどあんせん〕を守り給う。おろかと不審.し給うぞや。

ワキ「やさしやな女性なれどもこの里の。都に近き住いとて。名にしおいたるやさしさよ。

シテ「名にしおいたると承る。さてさて御僧の住み給う。在所はいずくのほどやらん。

ワキ「これは信濃の國木曽の山家より出でたる僧にて候。

シテ「木曽の山家の人ならば。粟津が原の神の御名を。問わずはいかで知るべきぞ。これこそ木曽義仲の。神といわわれおわします。拝み給えや旅びとよ。

ワキ「ふしぎやさては義仲の。神と現われこの所に。いまし給うは有難さよと。

シテ、ワキ「神前に向い.手を合わせ。

地謡「いにしえのこれこそ君よ.名は今も。これこそ君よ名は今も。有明月のよし仲の。佛と現じ神となり。世を守り給える誓いぞ。有難かりける。旅人も一樹の陰。他生の縁とおぼしめし。この松が根に旅居し。夜もすがら経を読誦して。五すいを慰め給うべし。有難き値遇かな.げに有難き.値遇かな。さるほどに暮れてゆく日も山の端に。入り相の鐘の音の。浦わの波にひびきつついずれも物すごきおりふしに。われも亡者の来りたり。その名をいずれとも。知らずはこの里人に。問わせ給えというぐれの.草のはつかにいりにけり.草のはつかに入りにけり。

<中入>

ワキ(待謡)「露をかたしく.草まくら。露を片敷く草枕。日もくれ夜にもなりしかば。粟津の原のあわれ世の。なきかげいざやとむらわん.なきかげいざや.とむらわん。

後シテ(一声)「落花むなしきを知る。流水心なうしておのずから。澄める心はたらちねの。

地謡「罪も報いも因果の苦しみ。今はうかまんみ法の功力に。草木國土も成佛なれば。いわんや生ある.直道〔じきどお〕の弔らい。かれこれいづれもたのもしやたのもしや。あら有難や。

ワキ「ふしぎやな粟津の原の草枕に。みればありつる女性なるが。甲胄を帯する不思議さよ。シテ「中々に巴といいし女武者。女とて御最後に。めしぐせざりしその恨み。

ワキ「執心のこつて今までも。

シテ「君辺〔くんぺん〕につかえ申せども。

ワキ「恨みは猶も。

シテ「有磯海の。

地謡「粟津の汀にて。波のうちじに末までも。御供申すべかりしを。女とて御最後にすてられ.参らせし恨めしや。身は恩の爲。命は義によることわり。誰か知らま弓取りの身の。最後にのぞんで功名を。おしまぬ者やある。

地謡(曲)「さても義仲の。信濃をいでさせ給いしは。五万余騎の御勢。くつばみを並べ攻めのぼる。となみ山やくりから.しおの合戰においても。分捕り高名のその数。誰におもてをこされ。誰におとる振舞いの。なき世語りに名をおし思う心かな。

シテ(上羽)「されども時刻の到来。

地謡「運つき弓の引く方もなぎさによする粟津野の。草の露霜と消え給う。所はこゝぞお僧達。同所の人なれば順縁にとわせ給えや。さてこの原の合戦にて。討たれ給いし義仲の最後を語りおわしませ。

シテ「頃はむつきの空なれば。

地謡「雪はむら消えにのこるを.只かよい路とみぎわをさして。駒をしるべにおち給うが。うす氷の深田にかけこみ.弓手も馬手もあぶみは沈んで。下りたたん便りもなくて。手綱にすがつてむちを打てども。ひく方もなぎさの濱なり.前後を忘じて扣〔ひか〕え給えり。こわいかに浅ましや。

シテ「かかりし所にみずから

地謡「かけよせて見たてまつれば。重手はおい給いぬ.乗りがえにめさせ参らせ。この松が根に御供し。はや御自害候らえ。巴も供と申せば。汝は女なり。忍ぶ便りもあるべし。これなる守り小袖を。木曽にとどけよこの旨を。そむかば主従三世のちぎり絶えはて。長く不孝とのたまえば。巴はともかくも涙にむせぶばかりなり。

シテ「かくて御前を立ち上がり。

地謡「見れば敵の大勢。あれは巴か女武者。あますなもらすなと。敵てしげくかかれば。今は引くとものがるまじ。いで一戦〔ひといく〕さ嬉しやと。巴すこしもさわがず。わざと敵を近くなさんと。長刀ひきそばめ。少しおそるるけしきなれば。敵はえたりと切つてかゝれば.長刀柄長くおつとりのべて。四方へまくる八方拂い。一所にあたる木の葉がえし。嵐も落つるや花の瀧波.まくらをたたんで戦いければ。皆一方にきり立てられて.あともはるかに見えざりけり。

シテ「あともはるかに見えざりけり。いまはこれまでなりと。

地謡「立ちかえりわが君を。見たてまつれば痛わしや。はや御自害候らいて。この松が根にふし給う。御枕のほどに御小袖。肌の守りを置き給うを。巴なくなく給わりて。死骸に御いとま申しつつ。ゆけども悲しやゆきやらぬ。君のなごりをいかにせん。とは思えどもくれぐれの。御遺言の悲しさに。粟津の。みぎわに立ち寄り。上帯切り。物の具心静かにぬぎおき。なし打烏帽子同じく。かしこにぬぎ捨て。御小袖を引きかづき。その際までの佩〔はき〕ぞえの。小太刀を衣〔きぬ〕に引きかくし。所はここぞ近江なる。信樂笠〔しがらきがさ〕を木曽の里に。涙と巴は只独り.落ちゆきしうしろめたさの。執心をといてたび給え.執心をといて.たび給え。

 

 

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