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俊寛(しゅんかん)  

【分類】二・四番目物 (人情物)

【作者】世阿弥  

【登場人物】 

登場人物

装束

シテ

俊寛

俊寛

面、俊寛。襟(浅葱)。俊寛帽子。厚板。ヨリ水衣。大口。腰帯。扇。水桶。

ツレ

丹波少将成経

 

風折烏帽子。厚板。長絹。大口。腰帯。扇。

ツレ

平判官康頼

角帽子。熨斗目。水衣。腰帯。扇

ワキ

赦免使

熨斗目。素袍上下。小サ刀。扇。

【作り物】舟

【あらすじ】

平家討伐の陰謀が顕れて、俊寛僧都、平判官康頼、丹波少将成経の三人は、九州薩摩領の鬼界ヶ島に流されます。その後、中宮御安産の御祈禱のため、大赦が行なわれ、康頼・成経の二人だけが許されることになり、その赦免使が都を出立します。鬼界ヶ島では、康頼と成経が、島に勧請した熊野三社に参詣しています。俊寛は、自分は神信心をせず、二人の帰りを待ち受けます。そして、水桶の水を酒とみなして酌み交わし、互いに昔を思い起こし、今の境涯を嘆き合います。そこへ、都から使者の船が到着します。俊寛は、使者の差出す赦免状を康頼に読ませますが、自分の名がないので、読み落としかといぶかります。ついで自分で読んでみますが、やはり俊寛という名がないので、筆者の誤りかと疑います。しかし使者から、自分だけが許されていないということを知らされて、悲嘆にくれます。俊寛は諦め切れず、同じ罪なのにと嘆願しますが、その効はありません。やがて、使者は二人を船に乗せて出発しようとします。俊寛は、せめて向かいの地までと纜にすがりついて、必死の思いで乗船を願いますが、舟人はそれを振切って船を出し、俊寛の嘆きを残して、遠ざかってゆきます。

【詞章】  

ワキ「これは相国に仕え申す者にて候。さてもこの度中宮ご産のおん祈りのため。非常の大赦おこなわるるにより。国国の流人赦免ある。中にも鬼界が島の流人のうち。丹波の少将成経。平判官入道康頼。二人赦免のおん使をば。某承わりて候ほどに。ただ今鬼界が島へと急ぎ候。

<ワキ中入>

康頼、成経「〔次第〕神を硫黄が島なれば。神を硫黄が島なれば。願いも三つの.山ならん。〔地取り〕

成経「〔サシコエ〕これは九州薩摩潟。鬼界が島の流人のうち。丹波の少将成経。

康頼「平判官入道康頼。二人が果にて候なり。

康頼、成経「われら都にありし時。熊野参詣三十三度の。歩みをなさんと立願せしに。そのなかばにも数たらで。かかる遠流の身となれば諸願も空しくはやなりぬ。せめての事のあまりにや。この島に三熊野を勧請申し。都よりの道中の。九十九所の王子まで。

〔下歌〕ことごとく順礼の神路に幣を.捧げつつ。

〔上歌〕こことても同じ宮居と.三熊野の。

成経「同じ宮居と三熊野の。

康頼、成経「浦の浜木綿一重なる。麻衣のしおるるをただそのままの.白衣にて。真砂をとりて散米に。白木綿花のみ祓して。神に歩みを運ぶなり.神に歩みを.運ぶなり。

シテ「〔一声〕後の世を。待たで鬼界が島守と。なる身の果の。暗きより。暗き道にぞ。入りにける。

〔サシコエ〕玉兎昼ねむる雲母の地。金鶏夜宿す不萌の枝。寒蝉枯木をいだきて。鳴きつくして頭をめぐらさず。俊寛が身の上に.知られて候。

康頼「いかにあれなるは俊寛にてわたり候か。

シテ「はやくもご覧じ咎めたり。道迎いのそのために。一酒を持ちて参りて候。

康頼「そも一酒とは竹葉の。この島の内にあるべきかと立ち寄り見れば。や。これは水なり。

シテ「これはおん言葉とも覚えぬものかな。そもそも酒という事は。もとこれ薬の水なれば。霊酒にてなどなかるべき。

康頼、成経「げにげにこれは理なり。頃は長月。

シテ「時は重陽。

康頼、成経「所は山路。

シテ「谷水の。

シテ、康頼、成経「彭祖が七百歳を経しも。心を汲みえし.深谷の水。

地謡「飲むからにげにも薬と.菊の水。げにも薬と菊の水。心の底も白衣の。濡れて干す。山路の菊の露の間に。われも千歳を。経る心地する。配所はさてもいつまでぞ。春過ぎ夏たけてまた。秋暮れ冬の来たるをも。草木の色ぞ知らするや。あら恋しの昔や思い出は何につけても。あわれ都にありし時は。法勝寺法成寺ただ.喜見城の春の花。今はいつしかひきかえて。五衰滅色の秋なれや。落つる木の葉の盃。飲む酒は谷水の。流るるもまた涙川.水上は。われなるものを。もの思う時しもは.今こそ限り.なりけれ。

ワキ「舟出する。心にかのう追風にて。舟子やいとど。勇むらん。いかにこの島に流され人のわたり候か。都より赦免のおん使いに参りて候。

シテ「なにと都より赦免のおん使とや。流され人はこれに候。

ワキ「これは相国より赦免のおん状にて候。これこれご覧候え。

シテ「あら有難や候。いかに成経。ご赦免のおん状拝見あろうずるにて候。

成経「あら有難や候。まず俊寛ご披見候え。

シテ「某これにて承り候べし。康頼もろともご披見あろうずるにて候。

康頼「心得申して候。そもそもこの度中宮ご産のおん祈りのため。非常の大赦おこなわるるにより。国々の流人赦免ある。中にも鬼界が島の流人のうち。丹波の少将成経。平判官入道康頼。二人赦免せらるるところなり。これは夢かや有難や候。

シテ「あら不思議や。なにとて俊寛をば読み落されて候ぞ。

康頼「おん名はあらばこそ。免状の表をご覧候え。

シテ「さては筆者の誤りか。

ワキ「いや某都にて承り候も。康頼成経二人はおん供申せと仰せ出だされて候。

シテ「なにと俊寛一人この島に残し置けと候や。

ワキ「なかなかの事。

シテ「こはいかに罪も同じ罪。配所も同じ配所。非常も同じ大赦なるに。ひとり誓いの網にもれて。沈みはてなん.事はいかに。

〔クドキ〕このほどは三人一所にありつるだに。さも恐ろしくすさまじき。荒磯島にただ一人。離れて海士の捨て草の。波の藻屑の寄るべもなくてあられんものか.あさましや。歎くにかいも渚の千鳥。

地謡「泣くばかりなる。有様かな。

〔クセ〕

時を感じては。花も涙をそそぎ。別れを怨みては。鳥も心を動かせり。もとよりもこの島は。鬼界が島と聞くなれば。鬼ある所にて.今生よりの冥途なり。たといいかなる鬼なりと.この哀れなどや知らざらん。天地を動かし。鬼神も感をなすなるも。人の哀れなるものを。この島の鳥獣も.鳴くは我をとうやらん。

シテ「〔上羽〕せめて思いの余りにや。

地謡「さきに読みたる巻物を。またひき開き同じあとを。くり返しくり返し。見れども見れどもただ成経康頼と。書きたるその名ばかりなり。もしも礼紙にやあるらんと。巻き返して見れども。僧都とも俊寛とも。書ける文字はさらになしこは夢かさても夢ならば。覚めよ覚めよさめようつつなき。俊寛がありさまを.見るこそ哀れ.なりけれ。

ワキ「時刻うつりて叶うまじ。成経康頼二人ははや。お舟に召され候えとよ。

康頼、成経「かくてあるべき事ならねば。よその歎きをふり捨てて。二人は舟に乗らんとすれば。

シテ「僧都も舟に乗らんとて。康頼の袂にとりつけば。

ワキ「僧都は船に叶うまじと。さもあらけなく言いければ。

シテ「うたてやな公の私という事あれば。せめて向いの地までなりとも。情に乗せてたびたまえ。

ワキ「情も知らぬ舟子ども。櫨櫂をふり上げ打たんとすれば。

シテ「さすが命のかなしさに。また立ち返り出で舟の.纜綱に取りつき引き止むる。

ワキ「舟人とも綱おし切って。舟を深みにおし出だす。

シテ「せん方波にゆられながら。ただ手を合わせ.舟よのう。

ワキ「舟よといえど乗せざれば。

シテ「力及ばず俊寛は。

地謡「もとの渚にひれ伏して。松浦佐用姫も。我が身にはよもまさじと。声も惜しまず.泣き居たり。

ワキ、康頼、成経「〔ロンギ〕痛わしのおん事や。われら都に上りなばよきように申し直しつつ。やがて帰洛はあるべしおん心強く待ちたまえ。

シテ「帰洛を待てよとの。呼ばわる声も幽かなる。頼みを松蔭に。音を泣きさして.聞き居たり。

ワキ、康頼、成経「聞くやいかにと夕波の。皆声声に俊寛を。

シテ「申し直さばほどもなく。

ワキ、康頼、成経「必ず帰洛あるべしや。

シテ「それは真か。

ワキ、康頼、成経「なかなかに。

シテ「頼むぞよ。

ワキ、康頼、成経「頼もしくて。

地謡「待てよ待てよと.いう声も姿も。次第に遠ざかる沖つ波の。かすかなる跡絶えて.舟影も人影も.消えて見えずなりにけり.跡消えて見えず.なりにけり。

 

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