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角田川(すみだがわ)

【分類】四番目物 (雑能・狂女物)

【作者】観世十郎元雅

【登場人物】 

登 場 人 物 装  束

シテ

狂女・梅若丸の母

曲見

水衣(肩上ゲ)、腰巻(縫箔)
子方 梅若丸の亡霊   黒頭(白鉢巻)、白水衣、腰帯
ワキ 渡守   素袍
ワキツレ 旅人   掛素袍、大口

 

【あらすじ】(仕舞の部分は下線部です。)

春の武蔵野、隅田川のほとりで大念仏を催すことになり、渡守がその参加者を募っています。そこへ一人の女物狂が物につかれたようにやって来ます。女は京の都の北白川の者で、子どもを人買いにさらわれ、そのため狂気になって我が子の行方を尋ね歩き、はるばる東国まで来たのです。そして渡舟に乗ろうとしますが、渡守はなかなか乗せようとしません。すると女は、かもめを見つけ、「名にしおば いざ言問はむ 都鳥 わが思ふ人は ありやなしやと」という在原業平の和歌を思い出し、業平は妻を、自分は我が子を捜しているが、その思いは同じだと嘆きます。渡守は哀れになり、舟に乗せてやり、舟を漕ぎながら川向こうの大念仏は、一年前、人商人に連れられた子どもが病死したのを人々が不憫に思い回向しているのだと語ります。その子こそ、尋ねる我が子梅若丸と知り、女は泣き伏します。同情した渡守は、女をその塚に案内します。母の念仏に、我が子の声が聞こえ、その姿が幻のように現れますが、その幻は夜明けと共に消え失せ、後には草の生い茂った塚があるのみでした。  

【詞章】(仕舞の部分は下線部です。)  

ワキ「これは武蔵の国隅田川の渡守にて候。さてもこの川は大事の渡りにて候ほどに.番におって舟を渡し候。今日は某が番にて候間。舟を渡さばやと存じ候。

ワキツレ(次第)「末も東の旅衣。末も東の旅衣。日も遥々の心かな。

ワキツレ(詞)「これは東国方の商人て候。我このほどは都に候いて。商ことごとく成就し。ただ今本国に下り候。

ワキツレ(道行)「雲霞あと遠山に.越えなして。あと遠山に越えなして。いく関関の道すがら国国過ぎて.ほどもなく。ここぞ名におう隅田川。渡りに早く着きにけり.渡りに早く着きにけり。急ぎ候程にこれは早。武蔵の国隅田川に着きて候。急ぎ舟に乗らばやと思い候。いかに船頭殿。舟に乗せてたまわり候え。

ワキ「舟に召され候え。またあとより人の多うこぞりて来たり候は何事にて侯ぞ。

ワキツレ「あれは昨日の泊まりにありし。女物狂にてありげに候。

ワキ「さらばかの者を待ち舟に乗せばやと思い候。

シテ「人の親の心は闇にあらねども。子を思う道に迷うとは。今こそ思い白雪の。道行きぶりに誘われて。行方いかになりぬらん。あら定めなの.心やな。聞くやいかに。上の空なる風だにも。

地謡「松に音する。習いあり。

<カケリ>
シテ「真葛が原の.露の世に。

地謡「身を恨みてや。明け暮れん。

シテ「これは都北白川に。年経て住める女なるが。思わざるほかに思い子を。人商人に誘われて。行方を問えば逢坂の。関の東の国遠き。東とかやまで下りぬると.聞くより心乱れつつ。そなたとばかり.思い子の。跡をしたいて。迷うなり。

地謡「千里を行くも親心.子を忘れぬと.聞くものを。もとよりも契り仮りなる一つ世の。契り仮りなる一つ世の。その内をだに添いもせで。ここやかしこに親と子の.四鳥の別れこれなれや。尋ぬる心のはてやらん。武蔵の国と.下総の中にある。隅田川にも着きにけり.隅田川にも着きにけり。

シテ「のう舟人。舟に乗ろう。

ワキ「なにと舟に乗ろうとや。さておことはいずくの者ぞ。

シテ「これは都の者にて候が。人を尋ねて東に下り候。

ワキ「たとえ都の者なりとも。狂女ならば面白う狂え。狂わずは舟には乗すまじいぞ。シテ「日も暮れてある舟にとく乗れとこそ仰せあるべきに。かたのごとくも都の者を。舟に乗るなと承るは。隅田川の渡守とも。覚えぬ事な.宣ひそ。

ワキ「げにや狂女なれども都の者とて。名にし負いたる優しさよ。

シテ「名にし負いける都の者と承れば。こなたも耳にあたるものを。かの業平もこの渡りにて。名にしおわば。いざ言問わん都鳥。我が思う人は。ありやなしやと.のう舟人。

ワキ「なに事ぞ。

シテ「あの沖に白き鳥の見えて候は。京にては見ぬ鳥なり。あれは何と申す鳥にて候ぞ。

ワキ「あれこそ沖の鴎という鳥よ。

シテ「よし浦にては千鳥ともいえ鴎ともいえ。この隅田川の白き鳥をばなど。都鳥とは答え給わぬ。

ワキ「げにげに誤り申したり。名所には住めども心なくて。都鳥とは答え申さで。

シテ「沖の鴎と夕波の。昔にかえる業平も。

ワキ「ありやなしやと言問いしも。都に人を思い妻。

シテ「わらわも東に思い子の。行方を問うは同じ心の。

ワキ「夫をしのび。

シテ「子を尋ぬるも。

ワキ「思は同じ。

シテ「恋路なれば。

地謡「我もまたいざ言問わん.都鳥。いざ言問わん都鳥。我が思い子は東路に。ありやなしやと。問えども問えども答えぬはうたて都鳥。鄙の鳥とやいいてまし。げにや舟競う。堀江の川の水際に。来居つつ鳴くは都鳥。それは難波江これはまた.隅田川の東まで。思えば限なく。遠くも来ぬるものかな.さりとては渡守.舟こぞりて狭くとも.乗せさせ給え渡守.さりとては乗せさせ.給えや。

ワキツレ「いかに船頭殿。

ワキ「何事にて候ぞ。

ワキツレ「あの向いにあたって。念仏の声聞え候は何事にて候ぞ。

ワキ「あれは人の追善のため大念仏を申し候。これについて哀れなる物語の候。語って聞かせ申そう。

ワキツレ「おん物語候。

ワキ(語り)「さても去年三月十五日。や。しかも今日の事に候。都より人商人。年の頃十二三ばかりの幼き者を買うてくだる。かの幼き者習わぬ旅の疲れにや。路次より以っての外に遺例し。今は一足も引いつべくもなく候と申す。なんぼう世には不得心なる者も候ぞ。かの幼き者をばこの所に捨ておき。商人は奥へ通りて候。さるほどに所の面面不びんに存じ。いろいろと看病つかまつり候えども。ただ弱りに弱り。すでに末期に及び候ほどに。かの者の国はいずく。名字はいかなる人ぞと尋ね候えば。我はこれ都北白川に。吉田の何某と申しし者の唯一子にて候が。父には後れ母ひとりに添い参らせ候いしを。人商人にかどわされ。この所までくだり候。我むなしくなるならば。路次の土中に築きこめてたまわり候え。それをいかにと申すに。都の人の足手影までも懐しう候。ただ返す返すも母上こそおん名残おしう候え。生年十二才。その名は梅若丸と申し。おとなしやかに念仏四五へん唱え。ついにむなしくなりて候。さるほどに遺言にまかせ。路次の土中に築き込め。しるしに柳を植えおきて候。今日はかの者の一周忌に当りて候ほどに。所の面面寄り合い。大念仏を申し跡を弔い申し候。また船中を見申せば。都の人も少少御座ありげに候。今日はこの所にご逗留あって。大念仏の人数に入りたまい。かの者の跡を弔うておん通り候え。や。長物語に舟が着きて候。皆皆おん上り候え。あらやさしや。物狂も思う筋目のありと申す事の候が。ただ今の物語に狂女も落涙つかまつりて候。いかに狂女。舟が着きて候。急いで上り候え。

シテ「のう船頭殿。

ワキ「何事ぞ。

シテ「今のお物語はいつの事にて候ぞ。

ワキ「去年三月十五日しかも今日の事にて候.

シテ「父の名字は。

ワキ「吉田の何某。

シテ「児の年は。

ワキ「十二歳。

シテ「その名は。

ワキ「梅若丸。

シテ「さて親とても尋ねず。

ワキ「おう親類とても尋ねぬよ。

シテ「のう親類とても親とても。尋ねぬこそ理なれ。その幼き者こそこの物狂が子にて候え。これは夢かや.あら悲しや。

ワキ「今まではよそ事とこそ思いしに。さては狂女の身の上かや。あら痛わしや候。まずまずかの人の旧跡を教え申そう。こなたへ渡り候え。のうのうこれこそかの幼き人の旧跡にて候。よくよくおん弔い候え。

シテ「今まではさりとも逢わんの頼みにこそ。はるばる尋ね下りしに。さても無残や死の緑とて。生所を去って東のはての。道のほとりの土となって。春の草のみ生い茂りたる。この下にこそあるらめ。さりとては人人。

地謡「この土を返して今一度。この世の姿を.母に見せさせ.給えや。残りてもかいあるべきは.むなしくて。かいあるべきはむなしくて。あるはかいなき帚木の。見えつ隠れつ面影の。定めなき世の習い。人間憂いの花盛り。無常の嵐音添い。生死長夜の月の影.不定の雲おおえり.げに目の前の浮世かな.げに目の前の.浮世かな。

ワキ「すでに月澄み川風も。はや更け過ぐる夜念仏の。時節なればと面面に鉦鼓を鳴らし勧むれば。

シテ「母は余りの悲しさに。念仏をだに申しもせで.唯ひれふして泣きいたり。

ワキ「うたてやなたとえ人人多くとも。母御の弔い給わんをこそ。亡者も喜び給うべけれと。鉦鼓を母に参らすれば。

シテ「我が子のためと聞けばげに。この身も鳧鐘を首にかけ。

ワキ「歎きを留め声澄むや。

シテ「月の夜念仏もろともに。

ワキ「心は西へと一筋に。

シテ・ワキ「南無や西方極楽世界。三十六万億。同号同名阿弥陀仏。

シテ「南無阿弥。

地謡「陀仏南無阿弥陀仏.南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏.南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。

シテ「隅田川原の。波風も声立て添えて。

地謡「南無阿弥陀仏.南無阿弥陀仏.南無阿弥陀仏。

シテ「名にしおわば.都鳥も音を添えて。

子方・地謡「南無阿弥陀仏.南無阿弥陀仏.南無阿弥陀仏。

シテ「いかに人人。今の幼な声はいずくのほどにて候ぞ。

ワキ「正しくこの塚のほとりにて候。

シテ「今のは我が子の声なりけるぞ。今一声こそ聞かまほしけれ。南無阿弥陀仏。

子方「南無阿弥陀仏.南無阿弥陀仏。

地謡「声の内より。幻に見えければ。あれは我が子か。母にてましますかと。互に手に手を取り交わせばまた消え消えと失せければ。いよいよ思いは増鏡。面影も幻も。見えつ隠れつする程に.東雲の空もほのぼのと。明け行けば跡絶えて。我が子と見えしは塚の上の。草茫々として唯.しるしばかりは浅茅が原と.なるこそ哀れなりけれ.なるこそ哀れれなりけれ。

 

 

 

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