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舎利(しゃり)
【分類】五番目物(切能)
【作者】不詳
【登場人物】
登 場 人 物 | 面 | 装 束 | |
前シテ |
里人 | 怪士 | 黒頭(白鉢巻)、水衣、腰帯 |
後シテ | 足疾鬼(そくしっき) | 顰 | 赤頭(色鉢巻)、厚板、法被、半切、腰帯 |
ツレ | 韋駄天(いだてん) |
天神 |
輪冠(色鉢巻)、厚板、白大口、腰帯 |
ワキ | 旅僧 | 烏帽子、水衣、腰帯 | |
間狂言 | 舎利を守る僧 | 能力頭巾、水衣、括袴、脚絆 |
【あらすじ】
出雲の国(島根県)美保の関の僧が、都を見物しようと京都へ上って来ます。そして唐の国から渡って来たという十六羅漢や仏舎利を見ようと、東山の泉涌寺にやって来ます。寺の僧の案内で、仏舎利を拝んで感激していると寺の近くに住むという男(里人)がやって来て、一緒に舎利を拝みます。そして、仏舎利のありがたいいわれを語っていましたが、突然空がかき曇り、稲妻が光ると、男の顔は鬼と変り、自分はこの舎利を望んでいた、昔の足疾鬼の執心であると言い、仏舎利を奪い、天井を蹴破って虚空に飛び去ってしまいます。
<中入>
僧は、物音に驚いて駆けつけた寺の僧から、釈迦入滅の時、足疾鬼という外道が、釈迦の歯を盗んで飛び去ったが、韋駄天という毘沙門の弟の足の速い仏が取り返した、という話を聞きます。そして、二人が韋駄天に祈ると、韋駄天が現れ、足疾鬼を天上界に追い上げ、下界に追いつめ、仏舎利を取り返します。足疾鬼は、今は力も尽き果てて逃げ去ります。
【詞章】
ワキ「旅の衣のはるばると。旅の衣のはるばると。都にいざや急がん。これは出雲の国美保の関より出でたる僧にて候。われ未だ都を見ず候う程に。ただ今思い立ち都へ上り候。朝立つや。空行く雲の美保の関。空行く雲の美保の関。心はとまる古里の跡の夕べもなごりある。日数を重ねて程もなく。都に早く着きにけり都に早く着きにけり。急ぎ候うほどに都に着きて候。承り及びたる東山泉涌寺へ参り仏舎利を拝まばやと思い候。いかに誰か御入り候。
間狂言「何事を御尋ね候ぞ。
ワキ「これは遥かの田舎より上りたる僧にて候。当寺の御事を承り及びはるばる参りて候。大唐より渡りたる十六羅漢。又、仏舎利をも拝み申したく候。
間狂言「げにげに聞しめし及ばれて御参り候うか。聊爾に拝み申すこと叶わず候。ただし今日かの御舎利の御出である日にて候。われら当番にて唯今戸を明け申さんとて。鍵を持ちてまかり出で候。まずこの舎利を御拝みあつて。その後山門に登りて。十六羅漢をも拝ませ申し候べし。こなたへ御出で候らえ。
ワキ「心得申して候
間狂言「からからさっと御戸を開き申して候。よくよく御拝み候らえ。
ワキ「あらありがたや候。さらば御供申しり候べし。げにや事として何か都のおろかなるべきなれども。ことさら霊験あらたなる。仏舎利を拝する事の.たっとさよ。これなん足疾鬼が奪いしを。韋駄天取り返し給い。験徴奇特の牙舎利の御相好。感涙肝に銘ずるぞや。一心頂礼.万徳円満釈迦如来。地謡 ありがたや今も在世の心地して。今も在世の心地して。まのあたりなる仏舎利を。拝する事のあらたさを。何にたとえん墨染の袖をもぬらす心かな。袖をもぬらす心かな。
シテ「あら有難の御事や。仏在世の御時は。法の御声を耳にふれ。聞法値遇の結縁に。一劫を浮かみこの身ながら。二世安楽の心をうるに。後五の時世の今さらに。なお執心の見仏の縁。嬉しかりける.時節かな。
ワキ「われ仏この寺に旅居して。そのまま夜ふくる寺の鐘。声澄みわたる折ふしに。御法をたっとぶ声すなり。いかなる人にてましますぞ。
シテ「これはこの辺りに住む者なるが。お舎利を拝まんそのために。よりより寺辺に来れるなり。
ワキ「よし誰とてもその望み。お舎利を拝まん為ならば。同じ心ぞ我も旅人。
シテ「来るもよそ人。
ワキ「所も
シテ「また。
シテ・ワキ「都のほとり東山の。末に続ける峰なれや。
地謡「月雪の古き寺井は.水澄みて。ふるき寺井は水すみて。庭の松風さえかえり。ふけゆく鐘の声までも心耳に澄ます夜もすがら。げに聞けや峰の松。谷の水音澄みわたる嵐や法を唱うらん.嵐や法を唱うらん。それ仏法あれば世法あり。煩悩あれば菩提あり。仏あれば衆生もあり。善悪又不二なるべし。
シテ「しかるに後五百歳の仏法。既に末世の折を得て。
地謡「西天唐土日域に。時至って久方の。月の都の山並や。仏法流布のしるしとて。仏骨をとどめ.給いにき。
シテ「げに目前の妙光の影。
地謡「この御舎利に。しくはなし。しかるに仏法東漸とて。三如来四菩薩も。皆日域に地をしめて。衆生を済度し給えり。常在霊山の秋の空。僅かに微月に臨んで魂を消し。泥洹双樹の苔の庭.遺跡を聞いて腸を断つ。有難や仏舎利の.御寺ぞ在世なりける。げにや鷲の御山も。在世の砌にこそ草木も法の色を見せ皆仏心を得たりしが。
シテ「今はさみしくすさまじき。
地謡「月ばかりこそ昔なれ。孤山の。松の間には。よそよそ白毫の秋の月を礼すとか。蒼海の浪の上に。はるかに四諦の暁の雲を引く空の。さみしささぞな鷲の御山。それは上見ぬ方ぞかし。ここはまさに目前の。仏舎利を拝するこの寺ぞたっとかりける。
ワキ「不思議やな今までは。さやけき月のかき曇り。堂前に輝く稲光。こわそもいかなる事やらん。
シテ「今は何をかつつむべき。昔の執心疾鬼が心。なおこの舎利に望みあり。許し給えや人びとよ。
ワキ「げにげに見れば怖ろしや。面色変れる鬼となって。
シテ「舎利殿に臨み昔のごとく。
ワキ「金冠を見せ。
シテ「法座をなして。
地謡「栴檀沈水香の。栴檀沈水香の。上にかきくる雲煙を立てて稲妻の。光に飛びまぎれて。もとより。足疾鬼とは。足疾き鬼なれば。舎利殿に飛びあがり。くるくるくると。見る人の目をくらめて。そのまぎれに牙舎利を取って。天井を蹴破り。虚空に飛んであがると見えしが行方も知らず失せにけり。行方も知らず.失せにけり。
<中入>
ツレ「そもそもこれは。この寺を守護し奉る。韋駄天とはわがことなり。ここに足疾鬼といえる外道。昔の執心残って。またこの舎利を取ってゆく。いづくまでかは遁すべき。その牙舎利置いてゆけ。
シテ「いや叶うまじとよこの仏舎利は。誰も望みの。あるものを。
地謡「欲界色界無色界。
<舞働キ>
地謡「欲界色界無色界。化天夜摩天他化自在天。三十三天よぢ登りて。帝釈天まで追いあぐれば。梵王天より出であい給いて。もとの下界に。追っ下す。もとの下界に追っ下す。
シテ「左へ行くも。右えゆくも。
地謡「前後も天地もふさがりて。疾鬼は虚空にくるくるくると。渦まいめぐるを韋駄天立ちより宝棒にて。疾鬼を大地に打ち伏せて。首を踏まえて牙舎利はいかに。出せや出せと責められて。泣く泣く舎利をさしあげければ。韋駄天舎利を取り給えば。さばかり今までは足疾き鬼の。いつしか今は。足弱車の力もつき。心も茫々と.起きあがりてこそ.失せにけれ。