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殺生石せっしょうせき

【分類】五番目物 (切能)

【作者】日吉左阿弥

【登場人物】 

登 場 人 物 装  束

前シテ

里女

増女

襟(白二ツ)、鬘、鬘帯、箔、唐織着流、黒骨扇

後シテ

殺生石ノ精

小飛出

襟(紺)、赤頭、厚板、法被、半切、腰帯、扇

ワキ

玄翁道人

大口僧、沙門帽子、掛絡、払子

 

【あらすじ】(仕舞(クセ)の部分は斜体です。仕舞(キリ)の部分は下線部です。)

玄翁という高僧が、能力と奥州から都へ上る途中、下野国(栃木県)那須野の原へさしかかります。空を飛ぶ鳥が、とある石の上を飛ぶと落ちるので、不審に思って見ていると、一人の里の女が現れ、その石は殺生石といい、人畜を害する恐ろしい石だから、近寄らないようにと注意します。玄翁がその由来を尋ねると、女は次のような話をします。昔、鳥羽院につかえていた玉藻ノ前は、才色兼備の女性で、帝もお気に入りであったが、実は化生の者であった。帝を悩ませようと近づいたが、その正体を見破られたのでこの野に逃げたが、殺されたため、その魂が殺生石になったのだと詳しく語ります。そして、実は白分はその石の魂であるとあかし、夜になれば懺悔のため姿を現すと言い残して、石の中に隠れます。

<中入>

玄翁が石に向かって仏事をなし、引導を与えると、石は二つに割れ、中から野干(狐)が現れます。野干は、天竺(インド)では斑足太子の塚の神、大唐(中国)では幽王の后褒姒となって世を乱し、日本へ渡り、この国をも滅ぼそうと玉藻ノ前という美女に変じて宮廷に上ったが、安倍泰成の祈祷で都を追われ、その後、この野に隠れ住んだが、狩り出されて遂には射殺され、その執心が殺生石となっていたのでした。しかし、野干(狐)は、今、あなたの供養を受けたので、以後、悪事はしないと誓って消え失せます。

【詞章】(仕舞(クセ)の部分は斜体です。仕舞(キリ)の部分は下線部です。)

ワキ「〔次第〕心を誘う雲水の。心をさそう雲水の。浮世の旅に.出じょうよ。

〔詞〕これは玄翁といえる道人なり。われ知識の床を立ち去らず。一大事を歎き一見所を開き。虚空に払子をうち振って世上に眼をさらす。このほどは奥州に候いしが。まずまず都にのぼり。冬夏をも結ばばやと思い侯。

〔道行〕雲水の身はいずくとも.定めなき。身はいずくとも定めなき。浮世の旅に迷いゆく心の奥を.白河の。結びこめたる下野や。那須野の原に着きにけり。那須野の原に着きにけり。急ぎ候ほどにこれははや。那須野の原に着きて候。しばらくこの石のほとりに立ち寄り休まばやと思い候。

狂言「ありやありや。落つるはおつるは。

ワキ「何事を申すぞ。

狂言「さん候あの石の上へ。鳥がふらふらおちてむなしくなりて候。

シテ「のうのう.その石のほとりへは何とてたち寄らせ給うぞ。

狂言「や、何事やらん申し候。

ワキ「そもこの石のほとりへ立ち寄るまじき謂の候か。

シテ「これは那須野の殺生石とて。人間は申すに及ばす鳥類畜類までもさわるに命なし。かく恐ろしき殺生石とも。知ろしめされでおん僧たちは。求めたまえる命かな。そこ立ちのきたまえ。

ワキ「さてこの石はいつの頃よりかく殺生を致すやらん。

シテ「鳥羽の院の上童に。玉藻の前と申しし人の。執心石となりしなり。

ワキ「ふしぎなりとよ玉藻の前は。殿上の交りたりし身の。この遠国に魂をとどめし事は何故ぞ。

シテ「それも謂のあればこそ。昔より申しならわすらめ。

ワキ「おん身の風情言葉のすえ。謂を知らぬ事あらじ。

シテ「いや詳しくはいさ白露の玉藻の前と。

ワキ「聞きし昔は都住居。

シテ「今魂はあまさがる。

ワキ「鄙に残りて悪念を。

シテ「なおも現わすこの原の。

ワキ「往来の人に。

シテ「あたを今。

地謡「那須野の原に.立つ石の。那須野の原に立つ石の。苔に朽ちにし跡までも。執心を残しきてまた立ち帰る.草の原。もの凄じき秋風の。梟松桂の。枝に鳴きつれ狐.蘭菊の花に隠れ住む。この原の時しも.もの凄き秋の.夕べかな。

ワキ「なおなお玉藻の前の謂くわしくおん物語候え。

地謡「〔クリ〕そもそもこの玉藻の前と申すは。生出出世定まらずして。いずくの誰とも白雲の.上人たりし.身なりしに。

シテ「〔サシコエ〕しかるに紅色を事とし。

地謡「容顔美麗たりしかば。帝の叡慮浅からず。

シテ「ある時玉藻の前が知恵をはかりたもうに。

地謡「一字とどこうる事なし。経論聖教和漢の才。詩歌管絃に至るまで問うに答の暗からず。

シテ「心底曇.なければとて。

地謡「玉藻の前とぞ。召されける。

〔クセ〕ある時帝は。清涼殿に御出あり。月卿雲客の.堪能なるを召し集め。管絃の御遊ありしに。頃は秋の暮。月まだ遅き宵の空の。雲の気色すさまじく.うちしぐれ吹く風に。ご殿の燭消えにけり。雲の上人立ち騒ぎ。松明とくと進むれば。玉藻の前が身より。光を放ちて.清涼殿を照らしければ。ひかり大内にみちみちて.畫図の屏風萩の戸。闇の夜の錦なりしかど。光に輝きてひとえに月のごとくなり。

シテ「帝それよりも。

地謡「ご悩とならせたまいしかば。安倍の泰成うらなって。勘状に申すよう。これはひとえに玉藻の前が所為なれや。王法を傾けんと。化生して来たりたり.調伏の祭あるべしと。奏すればたちまちに。叡慮も変わりひきかえて。玉藻化生をもとの身に。那須野の草の露と.消えし跡は.これなり。

ワキ「さてさてかように語りたもう。おん身はいかなる人やらん。

シテ「今は何をかつつむべき。そのいにしえは玉藻の前。今は那須野の殺生石。その石魂にて候うなり。

ワキ「げにやあまりの悪念は。かえって善心となるべし。さあらば衣鉢を授くべし。同じくは本体を。二度現わしたもうべし。

シテ「あら恥ずかしやわが姿。昼は浅間の.夕煙の。

地謡「立ちかえり夜になりて。立ちかえり夜になりて。懺悔の姿現わさんと。夕闇の夜の空なれど。この夜はあかし灯火の。わが影なりとおぼしめし。恐れたまわで待ちたまえと.石に隠れ失せにけりや。石に隠れ.失せにけり。

<中入>

〔ノツト〕

ワキ「木石心なしとは申せども。草木国土悉皆成仏と聞く時は。もとより仏体具足せり。いわんや衣鉢を授くるならば。成仏疑いあるべからずと。花を手向け焼香し。石面に向って仏事をなす。汝もとより殺生石。問う石霊。いずれの所より来たり。今生かくのごとくなる。急急に去れ去れ。自今以後.汝を成仏せしめ。仏体真如の善心となさん。摂取せよ。

〔出羽〕

後シテ「石に精あり。水に音あり。風は。大虚にわたる。

地謡「形は今ぞ現わす石の。二つに割るれば石魂たちまちに。現われ出でたり。恐ろしや。

ワキ「ふしぎやなこの石二つに割れ。光の内をよく見れば。野干の姿は現われたり。

シテ「今は何をかつつむべき。天竺にては班足太子の塚の神。大唐にては幽王の后褒姒と現じ。わが朝にては鳥羽の院の上童に。玉藻の前とは。なりたるなり。われ王法を傾けんと。仮りに優女の形と現じ.玉体に近づき奉ればご悩となる。すでにおん命をとらんと喜ぶところに。安倍の泰成.調伏の祭を始め。壇に五色の幣帛を立て。玉藻に.ご幣を持たせつつ。肝胆をくだき.祈りしかば。

地謡「やがて五体を.苦しめて。やがて五体を苦しめて。幣帛をおっ取り飛ぶ空の。雪居にかけり海山を.越えてこの野に隠れ住む。

シテ「その後勅使たって。

地謡「その後勅使たって。三浦の介。上総の介.両人に綸旨をなされつつ。那須野の化生のものを。退治せよとの勅を受けて。野干は犬に似たれば。犬にて稽古あるべしとて.百日犬をぞ射たりける.これ犬追物の始とかや。

シテ「両介は狩装束にて。

地謡「両介は狩装束にて.数万騎那須野をとりこめて草を分かって狩りけるに。身をなにと那須野の原に。現われ出ずるを狩人の。追っつまくっつさくりにつけて。矢の下に射っ伏せられて。即時に命をいたずらに.那須野の原の露と消えても.なお執心は。この野に残って。殺生石となって。人をとること多年なれども.今会いがたきみ法を受けて。この後悪事をいたす事。あるべからずとおん僧に。約束かたき石となって。約束かたき.石となって。鬼神の姿は.失せにけり。

 

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