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松虫(まつむし)

【分類】四番目物 (雑能)

【作者】不詳

【主人公】前シテ:市人、後シテ:男の亡霊

【あらすじ】仕舞〔クセ〕の部分は上線部、仕舞〔キリ〕の部分は下線部です。)

摂津国(大阪府)阿部野のあたりに住み、市に出て酒を売っている男がいました。そこへ毎日のように、若い男が友達と連れ立って来て、酒宴をして帰ります。今日もその男たちがやって来たので、酒売りは、月の出るまで帰らぬように引き止めます。男たちは、酒を酌み交わし、白楽天の詩を吟じ、この市で得た友情をたたえます。その言葉の中で「松虫の音に友を偲ぶ」と言ったので、その訳を尋ねます。すると一人の男が、次のような物語りを始めます。昔、この阿倍野の原を連れ立って歩いている二人の若者がありました。その一人が、松虫の音に魅せられて、草むらの中に分け入ったまま帰って来ません。そこで、もう一人の男が探しに行くと、先ほどの男が草の上で死んでいました。死ぬ時はいっしょにと思っていた男は、泣く泣く友の死骸を土中に埋め、今もなお、松虫の音に友を偲んでいるのだと話し、自分こそその亡霊であると明かして立ち去ります。

<中入>

酒売りは、やって来た土地の人から、二人の男の物語を聞きます。そこで、その夜、酒売りが回向をしていると、かの亡霊が現れ、回向を感謝し、友と酒宴をして楽しんだ思い出を語ります。そして、千草にすだく虫の音に興じて舞ったりしますが、暁とともに名残を惜しみつつ姿をかくします。

 

【詞章】仕舞〔クセ〕の部分と仕舞〔キリ〕の部分の抜粋です。)

〔クセ〕

一樹の蔭の宿りも.他生の緑と聞くものを。一河の流れ。汲みて知る。その心浅からめや。奥山の。深谷のしたの菊の水汲めども。汲めどもよも尽きじ。流水の杯は手まず。遮れる心なり。されば廬山のいにしえ。虎渓を去らぬ室の戸の。その戒めを破りしも。志しを浅からぬ。思の露の玉水の.渓せきを出でし道とかや。それは賢きいにしえの。世もたけ心冴えて。道ある友人のかずかず。積善の余慶家家に。あまねく広き道とかや。今は濁世の人間。ことに拙なきわれらにて。心も移ろうや。菊を湛え竹葉の。世は皆醉えりさらば.われひとり醒めもせで。万木皆もみじせり。ただ松虫のひとり音に。友を待ち詠をなして。舞い奏で遊ばん。

〔キリ〕

面白や。千草にすだく。虫の音の。機織るおとは。きりはたりちょう。きりはたりちょう。つずり刺せちょうきりぎりすひぐらし。いろいろの色音の中に。別きて我が忍ぶ。松虫の声。りんりんりんりんとして夜の声。冥々たり。すはや難波の鐘も明方の。あさまにもなりぬべき.さらばよ友人名残の袖を。招く尾花のほのかに見えし。跡絶えて。草ぼうぼうたる朝の原の。草ぼうぼうたる朝の原。虫の音ばかりや。残るらん。虫の音ばかりや。残るらん。

 

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