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項羽こうう

【分類】五番目物(切能)

【作者】不詳

【登場人物】 

登 場 人 物 装  束

前シテ

老翁 三光尉

尉髪、無地熨斗目、水衣、腰帯

後シテ 項羽の霊 眞角 黒頭(白鉢巻)、厚板、法被、半切、腰帯
ツレ 虞氏

小面

鬘(鬘帯)、箔、唐織着流
ワキ 草刈男 段熨斗目、白大口、水衣、腰帯
ワキツレ 草刈男 無地熨斗目、白大口、水衣、腰帯
間狂言 烏江の渡守 縞熨斗目、上下

 

【あらすじ】

中国、長江(揚子江)の上流、烏江のほとり。烏江の野辺で草を刈っていた男が、家に帰ろうと川辺で便船を待っています。すると、そこへ一人の老人が舟を漕ぎ寄せてきます。男が乗ろうとすると、老人が船賃を要求します。男が、自分たちのように毎日この川を渡っている者は、船賃を払ったことはないと言って、上の瀬に廻ろうとすると、老人はそれでは、まず乗れと勧めます。ところが向こう岸に着いて、男が降りようとすると、老人はまた船賃を要求します。男が約束が違うと怒ると、老人はいや銭でなくてもいいのだ、あなたの持っている草花が一本欲しいのだと言います。男が承知すると、老人は美人草を選びます。男がその理由を尋ねると、老人は昔項羽の后の虞氏が身を投げて死に、その死骸を埋めた塚から生えたのがこの草だと説明します。男がさらに、項羽と漢の高祖との戦いの様子を尋ねると、裏切り者が出たため、項羽が劣勢となり、虞氏が悲しみに泣き伏して自害した。項羽も愛馬が膝を折ったので、自ら首をかき落とし、この烏江の露と消えたと物語り、自分こそ項羽の幽霊だと明かして消え失せます。

<中入>

男が読経して弔っていると、夢に項羽が、虞氏を伴って現れ、虞氏の最後の様子と、項羽の最後の奮戦の様子を見せます。

 

【詞章】 

ワキ、ワキツレ「ながめ暮らして花にまた。眺め暮らして花にまた。宿かる草を尋ねん。

ワキ「これはもろこし烏江の野辺の草刈にて候。ただ今草を刈り家路に帰り候。

ワキ、ワキツレ「野辺は錦の小萩原.刈萱交じる烏江野辺。草刈るおのこ心なく。

ワキツレ「草刈るおのこ心なく。

ワキ、ワキツレ「花を刈るとや思い草。家づとなればいろいろの。草花の数を刈りもちて。帰ればあとに秋暮れて。枯野にすだく虫の音も。花を惜しむか心あれ。花を惜しむか心あれ。

ワキ「渡りの船がむかいに候。かれを待ち乗ろうずるにて候。

シテ「蒼苔道なめらかにして僧寺に帰り。紅葉声乾いて牡鹿鳴くなる夕まぐれ。心も浮かむ面白さよ。秋ごとに。野分を舟の追風にて。荻のほかくる。露の玉。

ワキ「のうのうその舟に便船申そうのう。

シテ「舟に召され候え。船賃を給わり候え。

ワキ「これはいつもの里がよいの草刈にて船賃は持たず候。

シテ「船賃なくてはこの船にはかない候まじ。

ワキ「さらば上の瀬へ廻ろうずるにて候。

シテ「それはともかくもにて候。のうのう道理は申しつ舟に召され候え。

ワキ「乗り遅れじと草刈は。もとの汀に立ち寄れば。

シテ「とく乗りたまえとさし寄する。

地謡「露かりこめて.秋草の。露かりこめて秋草の。葉ごとに影宿る.月をや舟に乗せつらん。天の川。ただわたりして.七夕の。ただわたりして七夕の。年に一夜は心せよ秋風吹けば波の音。みなとに近き海士おぶね。水音なしに行く船の.水馴竿をさそうよや.水馴竿をさそうよ。

シテ「のうのう舟が着いて候おん上り候え。船賃を給わり候え。

ワキ「先に向いにて申すごとく。いつもの里通いの草刈にて船賃は持たず候。

シテ「いや船賃と申せばとて余の子細にても候わず。それほど多く刈り持ちたまいたる草花をなど一本給わり候わぬぞ。

ワキ「易きこといずれにても召され候え。

シテ「さらばこの花を給わろうずるにて候。

ワキ「あら不思議や。これほど多き草花の中に。何とてその花に限り召され候ぞ。

シテ「これこそ美人草と申して。この野辺の名草にて候。

ワキ「あら面白や美人草とは。いかなる謂れにて候ぞ。

シテ「昔項羽高祖の戦いに。項羽打ち負けたまいしに。虞氏と申す后身を投げ空しくなりたまいしを。取り上げこの野辺の土中に築きこめて候。その上より生い出でたる草なればとて。美人草と申し候。

ワキ「さらばそのついでに項羽高祖の戦いのようおん物語り候え。

シテ「語って聞かせ申そうずるにて候。さても項羽高祖の戦い。七十余度に及びしに。項羽の兵皆心変わりし。却って項羽を攻めたてまつる。虞氏は思いに耐えかねて。いかがはせんと伏したもう。また望雲騅という馬は。ひと足に千里を駆ける名馬なれども。主の運命尽きぬれば。膝を折り黄なる涙を流しひと足も行かず。されども項羽はちっとも騒ぎたまわず。馬より静々と下り立って。いかに呂馬童よ。わが首取って高祖に奉り。名を揚げよやと呼ばわれども呂馬童は。

地謡「おそれて近づかず.不覚なる者の心かな。これ見よ後の世に。語り伝えよといいあえず。つるぎを抜いてあえなくも。われとわが首をかき落し。呂馬童に与えそのまま。この原のつゆと消えにけり。望雲騅は膝を折り。黄なる涙を流しけり。さのみ語ればわが心。昔に返る身の果て。今はつつまじ我こそは。項羽が幽霊あらわれたれと。夕霧も立ちそいて.空すさまじく暮れにけり。

<中入>

ワキ、ワキツレ「さまざまに弔う法の.声立てて。弔う法の声立てて。波にうき寝の夜となく。昼とも分かぬ弔いの。般若の舟のおのずから。そのともづなをとく法の。心を静め声をあげ。一切有情殺害三界不堕悪趣。

シテ「昔は月卿雲客打ち囲み。今は松下野田の月。巒苔霧ふかし古松下の陰。

地謡「苔ふんぷんとして旧名を埋む。

シテ「紫の雲間横ぎる出立は。

地謡「天つ乙女の。しらべかな。おのおの伎楽を奏しつつ。おのおの伎楽を。奏しつつ。夢の黄楊櫛。弾く琴琵琶の。四面に鬨の声をあぐれば。また執心の。責め来たるぞや。あら苦しの。苦患やな。

ツレ「虞氏は思いに耐えかねて。

地謡「虞氏は思いに耐えかねたまいて。高楼に登りて。落つるはさながら。涙の雨の。身を投げ空しく。なりたまえば。

<舞働キ>

シテ「項羽は虞氏が。別れとわが身の。

地謡「なりゆく草葉の。露もろともに。消えはてし悲しさ。思い出づれば。剣も鉾も。皆投げ捨てて。身を抱くばかりに。口惜しかりし。夢物語ぞ。あわれなる。

シテ「あわれ苦しき。瞋恚の炎。

地謡「あわれ苦しき瞋恚の炎の。立ちあがりつつ。味方を見れば。高祖に属して。寄せ来る波の。荒き声々。聞けば腹立ち。いでもの見せんと。自ら駆け出で。敵をちかづけ。取っては投げ捨て。または引き伏せ。捻首とりどりに。おそろしかりし。勢いなれども。運尽きぬれば。烏江の野辺の。土中の塵とぞ。なりにける。

 

 

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