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小督(こごう)

【分類】四番目物 (雑能)

【作者】金春禅竹

登場人物】 

登 場 人 物 装  束

シテ(前)

源仲国 直面 黒風折烏帽子、厚板、込大口、直垂上下、白骨扇、小サ刀

シテ(後)

源仲国 直面

黒風折烏帽子、厚板、朝絹、白大口、腰帯、白骨扇、鞭、文

ツレ

小督の局 連面 鬘、鬘帯、箔、唐織、黒骨扇
トモヅレ 小督の局の侍女

連面

鬘、鬘帯、箔、唐織、黒骨扇

ワキ 臣下

洞烏帽子、厚板、狩衣、大口、腰帯、白骨扇

【あらすじ】(仕舞の部分は下線部です。)

小督の局は、高倉帝の深い寵愛を受けていましたが、平清盛の娘徳子が帝の中宮となったので、清盛の権勢をはばかって宮中を去り、姿を隠してしまいます。高倉院はそのことを日夜嘆いておられましたが、小督が嵯峨野のあたりにいるという噂をお聞きになり、早速捜し出すように勅命を弾正大弼源仲国のもとへおつかわしになります。折から八月十五夜、小督はきっとを引かれるでしょうから、その音を便りに捜すことにしようとお答えすると、院は寮の御馬を下さったので、仲国はそれに乗って急いで出かけます。

<中入>

嵯峨野の小督の隠れ家では、悲しい思いを琴の音でまぎらわそうと、局は侍女たちと語り合っています。仲国は名月の嵯峨野を馬で馳せめぐりますが、ただ片折戸をしたところというだけが目当てなので、捜しあぐねています。やがて法輪寺のあたりで、かすかに琴の音が聞こえてくるので、耳をすますと「想夫恋」の曲です。その音をたよりに、局の隠れ家を尋ねあてますが、小督は戸を閉じて中へ入れようとしません。侍女のとりなしで対面した仲国は、院の御文を渡し、御返事を請います。小督は院の思召しに感泣します。そして仲国はなごりを惜しむ酒宴に舞を舞い、小督に見送られて都に帰ります。

 

【詞章】(仕舞の部分は下線部です。

ワキ「これは高倉の院に仕え奉る臣下なり。さても小督の局と申して。君の御寵愛の御座候。中宮は又正しき相国の御息女なれば。世の憚りをおぼし召しけるか。小督の局暮に失せ給いて候。君の御なげき限りなし。昼は夜のおとどにいらせ給い。夜は又南殿にあかさせ給い候所に。小督の局の御行方。嵯峨野の方に御座候よしきこしめし及ばせ給い。大膳の大夫仲國をめし。急ぎ御行方を尋ねて参れとの宣旨を蒙りて候ほどに。只今仲國が私宅へといそぎぎ候。いかにこの屋の内に仲國の渡り候か。
シテ「御前に候。
ワキ「いかに仲國。これは宣旨にて候。さても小督の局の御行方。嵯峨野の方に御座候よし君きこしめし及ばせ給い。急ぎ尋ねて参れとの御事にて候。
シテ「宣旨畏つて承り候いぬ。さて嵯峨にてはいか様なる所ときこし召し候ぞ。
ワキ「只片折戸したる所とばかりきこし召し及ばせ給いて候。
シテ「げにげに賎が屋には。片折戸と申す物の候まつた。今夜は八月十五夜名月の夜なれば。琴ひき給わぬ事あらじ。小督の局の御しらべをよつく聞き知りて候ほどに。御心やすくおぼし召され候えと。くわしく申しあげければ。
ワキ「この由奏聞申しければ。御感のあまり忝くも。寮の御馬を賜るなり。
シテ「時の面目畏りて。
地謡「やがていづるや.秋の夜の。やがていづるや秋の夜の。月毛の駒よ心して。雲井にかけれ時の間も。いそぐ心のゆくえかな。いそぐこころの.ゆくえかな。
<中入>
ツレ「げにや一樹の蔭にやどり。一河の流れを汲む事も。他生の縁ぞと聞くものを。あからさまなる事ながら。馴れてほどふる軒の草しのぶ便りに賎の女の。目にふれ馴るる世のならい。あかぬは人の心かな。
地謡「いざいざさらば琴の音に.立てても忍ぶこの思い。せめてやしばし.慰むと。せめてや暫し慰むと。かきなす琴のおのづから。秋風にたぐえば.なく虫の声も悲しみの。秋や恨むる恋やうき。なにをかくねるおみなめし。我も浮き世の嵯峨のみぞ。人に語るな.この有様も.はづかしや。
シテ「あら面白の折からやな。三五夜中の新月の色。二千里の外も遠からぬ。叡慮かしこき勅をうけて。心も勇む駒の足なみ。よるのあゆみぞ.心せよ。牡鹿なく.この山里と。詠めけん。
地謡「嵯峨野のかたの秋の空。さこそ心もすみわたる。片折戸を知るべにて。名月にむちをあげて駒をはやめ急がん。
シテ「しづが家居のかりなれど。
地謡「もしやと思いここかしこに。駒をかけよせかけよせてひかえひかえ聞けども。琴彈く人はなかりけり。月にやあこがれいで給うと。法輪に参れば。琴こそきこえ来にけれ。峯の嵐か松風かそれかあらぬか。たづぬる人の琴の音か楽は。なにぞと聞きたれば。夫を思いてこうる名の.想夫恋なるぞ.嬉しき。
シテ「うたがいもなき小督の局の御しらべにて候。やがて案内を申そうずるにて候。まづこの戸あけさせ給え。
ツレ「たそや門に人音のするは心得てきき侍え。
トモツレ「中々にとかく忍ばばあしかりなんと。まづこのす枢をおしひらく。
シテ「門さされては叶うまじと。枢をおさえ内に入り。これは宣旨の御使い。仲國これまで参りたり。この由申し給うべし。
ツレ「うつつなやかかるいやしき賎が屋に。何の宣旨の候うべき。門たがえにてましますか。
シテ「いやいかに忍ばせ給うとも。人目づつみももれいづる。袖の涙の玉琴の調べはかくれなきものを。
ツレ「げに恥かしや仲國は。殿上の御遊のおりおりは。
シテ「笛つかまつれと召しいだされて。
ツレ「馴れし雲井の月もかわらず。人もといきてあいにあう。その糸竹の.夜の声。
地謡「ひそかに傳え申せとの。勅諚をば何とさは。隔て給うや中垣の。むぐらが下によしさらば。今宵はかたしきの.袖ふれて月に明かさん。所を知るも嵯峨の山。所を知るも嵯峨の山。御幸たえにし跡ながら。千代の古道たどりこし.ゆくえも君の恵みぞと。ふかきなさけの色香をも。知る人のみそ花鳥の。音にだに立てよあずまやの。主はいさ知らず。しらべはかくれ.よもあらじ。
トモ「仲國御目にかからざらん程は帰るまじきとて。あの柴垣の下に露にしおれて御入り候。勅定と申しいたわしさと言い。何とかしのばせ給うらん。こなたへやいれ参らせさむらわん。
ツレ「げにげにわれも左様には思えども。餘りの事の心乱れに。身のおき所も知らねどもさらばこなたへと申しさむらえ。
トモ「仲國こなたへ御入り候え。
シテ「勅定の趣き真直ぐに申しあげばやと存じ候。さてもさてもか様にならせ給いて後は。玉体おとろえ叡慮なやましく見えさせ給いて候。せめての事に御ゆくえを尋ねて参れとの宣旨を蒙り。忝くも御書を賜って。これまで持ちて参りて候。おそれながら直の御返事を給わりてて。奏し申し候わん。
ツレ「もとよりも忝けなかりし御恵み。及びなき身のゆくえまでも。頼む心の水茎の。あとさえ深き御情け。
地謡「かわらぬかげは雲井より。なお残る身の露の世を。はばかりの心にも。とうこそ涙なりけれ。げにやとわれてぞ身にしら玉のおのずから。ながらえてうき年月も。うれしかりける。住居かな。
ツレ「譬えを知るも数ならぬ。身には及ばぬ事なれども。
地謡「妹背の道は隔てなき。かの漢王のその昔。甘泉殿の夜の思い。たえぬ心や胸の火の煙りに残るおもかげも。
ツレ「見しは程なき。あわれの色。
地謡「中々なりし契りかな。唐帝のいにしえも。驪山宮のささめごと。もれし始めを尋ぬるに。あだなる露の浅茅生や。袖にくちにし秋の霜。わすれぬ夢をとう嵐の。風のつえまで身にしめる心なりけり。
ツレ「人の國まで訪いの。
地謡「哀れを知れば常ならで。なき世を思いの数かずに。あまりわりなき恋ごころ。身をくだきてもいやましの。恋慕の乱れなるとかや。これはさすがに同じ世の。頼みも有明の。月の都の外迄も。叡慮にかかる御恵み.いともかしき勅なれば。宿はと問われて。なしとはいかが.こたえん。
シテ「これまでなりやさらばとて。直のお返事給わり御いとま申し.立ちいづる。
ツレ「月にとう宿りはかりの露の世に。これや限りの御使い。思い出のなごりぞと慕いておつる.涙かな。
シテ「涙もよしやほし合いの。今はまれなる中なりと。
ツレ「ついに逢う瀬は。
シテ「程あらじ。
地謡「迎えの舟車の。やがてこそ参らめと。いえど名残りの.心とて。
シテ「酒宴をなして糸竹の。
地謡「声澄み渡る。月夜かな。
トモ「いかに仲國。一さし御舞い候え。
地謡「声澄み渡る。月夜かな。
シテ「月夜よし。
<男舞>
シテ「木枯に。吹き合わすめる。笛の音を。
地謡「引き留むべき言の葉もなし。言の葉もなし。言の葉もなし。
シテ「言の葉もなき君の御心。
地謡「われらが身までも物思いに。立ち舞うべくもあらぬ心。今は帰りて嬉しさを。何に包まん唐衣豊に。袖打ち合わせ御暇申し。急ぐ心も勇める駒に。ゆらりとうち乗り。帰る姿の跡はるばると。小督は見送り仲国は。都へとこそ。帰りけれ。

 

 

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