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橋弁慶はしべんけい

【分類】五番目物(切能)

【作者】不詳

【登場人物】 

登 場 人 物 装  束

前シテ

武蔵坊弁慶 直面

金入沙門帽子、大格子、水衣八丈、大口、腰帯小サ刀、数珠、墨絵扇

後シテ 武蔵坊弁慶 長霊癋見 長範頭巾、厚板唐織、法被玉襷、半、腰帯、長刀
子方 牛若丸 白鉢巻、唐織着附、大口、腰帯、太刀、白練被キ小袖
トモ 弁慶の従者 熨斗目、素袴、長絹、小サ刀、仕舞扇

 

【あらすじ】

比叡山西搭の近くに住む武蔵坊弁慶は、ある願い事があって、北野の天神へ丑の刻詣をしています。ちょうど今夜が満願なので出かけようとすると、従者は昨夜、五条の橋に十二、三歳の少年が出て、通行人を小太刀で斬って廻ったとのことだからと、今夜の参詣をやめるようにいいます。弁慶が、大勢で捕まえればいいのにと言うと、従者は、目にもとまらぬ早業で、広い都にもあれ程の者はいない、多分、人間ではなく化生の者だとの事と答えるので、弁慶も一度は思いとどまります。しかし、弁慶ほどの者が聞き逃げは無念と、かえって討ち取る決心を固めて、五条の橋へ向かいます。
<中入>
牛若は、母の命により、明日からは鞍馬山へ上ることとなっているので、今夜を名残りと五条橋へ行き、通る人を待っています。そこへ大鎧に身をかため、大長刀を肩にした弁慶がやって来ます。弁慶は、女装をしている牛若に気を緩めて、通り過ぎようとすると、牛若は大長刀の柄を蹴り上げます。怒った弁慶が斬りかかりますが、散々に牛若にもてあそばれます。弁慶は、牛若と聞いて降参し、主従の契りを結んで、九条の邸へお供します。

【詞章】 

シテ「これは西塔の武蔵坊弁慶にて候。われ宿願の子細あるにより。この間北野へ一七日参篭申して候。また今夜より十禅寺へ参らばやと存じ候。いかに誰かある。
トモ「おん前に候。
シテ「宿願の子細ある間。今夜より十禅寺へ参ろうずるにてあるぞ。
トモ「今夜の十禅寺参りをばおぼし召しおんとまり候え。
シテ「それはなにとてさようには申すぞ。
トモ「さん候きのう夜ふけて五条の橋を通りて候えば。年の頃十二三ばかりなる幼き者の。小太刀をもって切ってまわり候は。さながら蝶鳥のごとくにござ候。
シテ「などさようの者あらば討たざりけるぞ。
トモ「討たんとすれば追っぱらい。手もとに敵を寄せつけず候。
シテ「たとい手もとへ寄せつけずとも。大勢にては討つべきに。
トモ「おっ取りこむればふしぎにはずれ。
シテ「ま近く寄れば。
トモ「目にも見えず。
地謡「神変ふしぎ.奇特なる。神変ふしぎ奇特なる。化生の者に寄せあわせ。
   かしこうおこと討たすらん。都ひろしというとも。
   これほどの者あらじげに.奇特なる.者かな。
シテ「さあらば今夜の十禅寺まいりをば思い止まるべし。
トモ「もっともしかるびょう候。
シテ「いやいやきっとものを案ずるに弁慶ほどの者が。聞き逃げしては叶うまじ。今宵夜ふけば橋にいで。化生の者を.たいらげんと。
地謡「いうべほどなく.暮れがたの。夕べほどなく暮れがたの。雲の気色を引きかえて。風すさまじく更くる夜に。遅しとこそは待ちいたれ.遅しとこそは.待ちいたれ。
<中入>
〔間狂言〕
子方「さても牛若は。母の仰せの重ければ。明けなぱ寺にのぼるべし。今宵ばかりの名残ぞと。川波そえてたちまちに。月の光を待つべしと。夕波の。音ふけすぐる夜嵐に。
地謡「声たてそうる。秋のかぜ。面白の.けしきやな。面白の気色やな。そぞろ浮き立つわが心。波も玉ちる白波の。夕顔の花の色。五条の橋の橋板を。とどろとどろと踏みならし。風すさまじく更くる夜に.通る人をぞ待ちいたる.通る人をぞ.待ちいたる。
シテ「すでに夜を待つ時もきて。三塔の鐘もすぎまの月。着たる鎧は黒革の。黒糸おどしの大鎧。草摺ながに着なしつつ。もとより好む大長刀。まん中取って打ちかずき。ゆらりゆらりと出でたる粧い。いかなる天魔鬼神なりとも。面を向くべきようあらじと。我が身ながらももの頼もしくて。手にたつ敵の恋しさよ。

子方「川風もはや更けすぐる夜嵐に。通る人もなきぞとて。かたわらに寄りてたたずめば。
シテ「弁慶かくとも白波の。立ち寄りわたる橋のうえ。さも荒らかにとうとうど踏み鳴らし。心すごげに過ぎゆけば。
子方「牛若かれを見るよりも。すわや嬉しや人来たると。うす衣なおも引きかずき。かたわらに寄りてたたずめめば。
シテ「弁慶かれを.見つけつつ。
<イロエ>
シテ「言葉をかけんと思えども。見れば女の姿なり。われは出家の事なれば。思いたたずみ過ぎゆけば。
子方「牛若かれをなぶりて見んと。ゆきちがいさまに長刀の。柄もとをはったと蹴上ぐれば。
シテ「すわしれ者よ.もの見せんと。
地謡「長刀やがて.取り直し。長刀やがて取り直し。いでもの見せん手なみのほどと。切ってかかれば牛若は。少しも騒がずつっ立ちなおって。薄衣引きのけつつ。しづしづと太刀抜きはなち。つっ支えたる長刀の。きっさきに太刀打ちあわせ。つめつ開いつ戦いしが。なにとかしたりけん。手もとに牛若寄るとぞ見えしが。たたみ重ねて打つ太刀に。さしもの弁慶合わせかねて。橋桁を二三間.しさって肝をぞ消したりける。ものものしあれほどの。小姓一人をさればとて。手もとにいかで洩らすべきと。長刀柄長くおっ取りのべて。走りかかってちょうど打てば。そむけて右に飛びちごう.取りなおして裾を薙ぎ払えば。躍りあがって足もためず。宙を払えば頭を地につけ。ちぢに戦う大長刀。打ち落とされて力なく。組まんとすれば切り払う.すがらんとするも便りなし。せん方なくて弁慶は。希代なる少人かなとて。あきれはててぞ立ったりける。ふしぎやおん身誰なれば。まだいとけなきおん身にて。かほどけなげにましますぞ委しく名乗り.おわしませ。
牛若「今はなにをか包むべき。われは牛若源の.
シテ「義朝のおん子か.
牛若「さて汝は。
地謡「西塔の武蔵弁慶なりと。互に名乗りあい。互に名乗りあいて。降参申さんご免あれ.少人のおん事。われは出家。位も氏もけなげさも。 よき主なれば頼むべしや。粗忽にやおぼし召すらんさりながら。これまた三世の奇縁の始め。今よりのちは主従ぞと。契約堅くつかまつり。薄衣かずかせ奉り.弁慶は長刀うちかずいて。九条の御所へぞ参りける。

 

 

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