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淡路(あわじ)

【分類】初番目物 (脇能)

【作者】不詳

【主人公】前シテ:老人、後シテ:伊邪那岐神

【あらすじ】(舞囃子の部分は下線部です。仕舞の部分は斜体の部分です。)

今上の帝に仕える大臣と従者が住吉・玉島の社へ参詣した後、淡路の国に古跡見物に立ち寄ります。淡路国ではちょうど、苗代づくりの季節なので、水田の取水口にいくつもの御幣が立ててある。農作業に御幣とは、さてはここは神田かと、大臣が作業をしている老人に理由を問うと、老人は「谷水を五十串立て、苗代小田の田ねまきにけり」という和歌を口にし、二の宮の神田である旨を伝えます。そこで大臣は「ここが二の宮なら、一の宮はゆず葉権現か」と再び問います。老人はそれに対して、大臣の考え違いを指摘し、ニの宮とは神社の社格を表わすのではなく、イザナギ・イザナミの二神を一緒に祀っているために付いた名称でだと説明します。そして、イザナギには万物の種を蒔く意味があり、イザナミにはその収穫を収めるという意味があるので、当地は今日でも、豊かな実りに恵まれた土地となっているのだといいます。そして、イザナギとイザナミによる国生み神話を物語ります。話が終わると、老人は「神代の天の浮橋の様子を見せよう」と大臣たちに告げ、「烏羽玉のわが黒髪も乱れずに、結び定めよ小夜の手枕」という和歌を残して、天上に消えてしまいます。

 

<中入>

 

その夜、春の月夜を眺めている大臣たちの耳に神楽の音が聞こえ、目の前に光がさしたかと思うと、伊邪那岐(イザナギ)が現われます。そして、天神七代地神五代を経て今の御世に至るまで「風は吹けども地は山は動かず」と、天下泰平を喜び、さまざまな神遊びを繰り返した後、わが国が幾久しく栄えることを約束するのでした。

 

【詞章】(舞囃子の部分の抜粋です。仕舞の部分は下線部です。)

わたづみのかざしにさせる白妙も。波もてあぐる淡路島。月春の夜ものどかなる。緑の空も澄みわたる。天の浮橋の下にして。八洲の国を求め得し。いざなぎの神とは我が事なり。治まるや。国常立の始めより。七つ五つの神の代の。み末は今に。君の代々に。和光守護神の扶桑のみ国に。風は吹くとも。山は動ぜす。

<急ノ舞>

ふり下げし鉾の滴り露凝りて。一島となりしを。淡路よと見つけし。ここぞ浮橋の下ならん。げにこの島の有様。東西は海まんまんとして。南北に雲峰をつらね。宮殿にかかる浮き橋を。立ち渡り舞う雲の袖。さすは御鉾の手風なり引くは。潮の時つ風.治まるは波の芦原の。国富み民も豊に。万歳を謡う春の声。千秋の秋津洲。治まる国ぞ久しき。治まる国ぞ久しき。

 

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