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阿漕(あこぎ)
【分類】四番目物 (雑能)
【作者】世阿弥
【主人公】前シテ:漁翁、後シテ:阿漕の亡霊
【あらすじ】(舞囃子の部分は下線部です。)
九州日向国(宮崎県)の男が伊勢参りを思い立ち、長い旅路の末、伊勢国(三重県)安濃の郡までやって来ます。ちょうど現れた一人の年老いた漁師に、ここが阿漕が浦であることを教えられたので、この浦を詠んだ古歌を口ずさむと、老人も別の古歌を詠じます。そこで旅人が、この浦の名のいわれを聞くと、老人は、昔からこの浦は、大神宮の御膳を調えるための網を入れるところなので、一般には禁漁となっていたのだが、阿漕という漁師がたびたび密漁をしていた。やがてその事がわかって、彼は捕らえられ罰としてこの沖に沈められた。そのことから阿漕が浦というようになったのだと物語り、その罪に今も苦しんでいるので弔って下さい、と言います。旅人が、さては阿漕の幽霊だなと思っていると、その老人は、夕暮の海辺に網をひく様を見せながら消え失せます。
<中入>
旅人は不思議に思って、浦の人に、阿漕が浦の故事を聞き、先程の老人の話をすると、浦の人はきっと阿漕の亡霊にちがいないから回向してやるようにすすめて去ります。旅人が、法華経を読誦していると、阿漕の亡霊が四手網を持って現れ、密漁の有様と地獄での苦しみを見せ、救ってほしいと願って、また波問に消えていきます。
【詞章】(舞囃子の部分の抜粋です。)
海士の刈る。藻に住む虫のわれからと。音をこそ泣かめ。世をば怨みじ。今宵はことに波荒れて。御膳の贄の網をばまだ引かれぬよのう。よき隙なりと.夕月なれば。宵よりやがて入り潮の。道をかえ人目を。忍び忍びに引く網の。沖にも磯にも舟は見えず。ただ我のみぞ.あごの海。阿漕が塩木こりもせで。なお執心の。網置かん。
<カケリ>
伊勢の海。清き渚のたまだまも。とうこそ便り法の声。耳には聞けども。なお心には。ただ罪をのみ持ち網の。波はかえって。猛火となるぞや。あら熱や。たえがたや。丑三つ過ぐる夜の夢。丑三つ過ぐる夜の夢。見よや因果のめぐり来る。火車に業を積む.数苦しめて目の前の。地獄も誠なりげに.恐ろしの気色や。思うも怨めし.いにしえの。思うも怨めしいにしえの。娑婆の名を得し。阿漕がこの浦に。なお執心の。心引く網の.手馴れしうろくず今はかえって。悪魚毒蛇となって。紅蓮大紅蓮の氷に.身を痛め.骨を砕けば.叫ぶ息は。焦熱大焦熱の。焔煙雲霧。立居に隙もなき。冥途の責もたび重なる。阿漕が浦の罪科を。助け給えや旅人よ。助け給えや旅人とてまた波に.入りにけり.また波の底に.入りにけり。